反日はするのになぜ反共産党をしないのか?

2005/09/01 19:38
 【大紀元日本9月1日】中国国内で民衆が戦争時の慰安婦問題で反日デモを行った。しかし、毛沢東率いる土地改革の時期に、ごろつきや雇われた貧しい農民をそそのかし、無数の農村婦女に対して、暴行と輪姦を扇動し支持したことはなぜ訴えないのか?女性達は日本軍にひどく侮辱されても「売春で皇軍を買収する罪」を加えることもなく、強制的に罪を認めさせられることもなかった。しかし、中共の土地改革時期において、無数の農村婦女が中国人のごろつきや雇われた貧しい農民らに人倫に悖るような暴行と輪姦をされた上、「売春で皇軍を買収した罪」に着せられ、ごろつきや雇われ農民らにめった打ちされた。そして強制的に罪を認めさせられた窮地に追い込まれた末、自殺してしまった女性は多くいた。それなのに、中共は自殺した彼女達に対して、「法の裁きを恐れて自殺した罪」を更に着せた。

 私は中学生のときに土地改革の宣伝及び応援隊に参加していた。自殺事件が起こる度に、学生である我々は命令に従って、町中で「誰々が法の裁きを恐れて自殺した。罪が更に重くなったのだ。死んでも当たり前だ。だから良くない結末を迎えたのだ。」というスローガンを大声で唱えさせられた。中共が強制的に加えたでっち上げの罪名は死者の親族まで波及し、子孫まで一生うだつが上がらないようにした。なぜ中共に対して弁償を求めないのか?世界の歴史において強盗と暴行によって引き起こした最もひどい殺害事件である、この社会的スキャンダルに対してなぜ提訴しないのか?時期尚早なのか?

 例えば、日本首相の靖国神社参拝を反対するのに、なぜ中共高層幹部の毛沢東記念堂参拝を反対せず、さらに毛沢東主義階級闘争を政綱とする専制独裁統治を反対しないのか?靖国神社の14人の戦争責任者が犯した罪は、毛沢東が犯した罪には比べものにならない。日本に対して戦争の償いをさせるのに、中共に対して、中共が今まで犯した全ての罪の償いをさせないのはなぜなのか?

 私は「湖南省の三人の若者」の詩の中で、『陳情に来た天安門前の三人の勇敢な若者に対して、強権を駆使する独裁者はでたらめをでっち上げる。無情にも公安へ連れ去ってしまったが、共産党を反対し民主を求める人々の志を消すことはできない。』と唱えた。毛沢東は彼の行くべき場所があるのだ。私は「聖女林昭女史」の詩の中で、『杭州で世代交代に出くわし、長い月日を経て、交代後の光景が一新した。秦檜の代わりに毛沢東が土下座、女史が民族英雄になるのだ。』と謳った。私はその時になったら、必ず故郷に帰ると誓った。

 1992年、団体旅行で北京を訪れた際、私達夫婦とカナダ人夫婦は毛沢東記念堂の参拝を断った。私は以前田舎で見た光景を思い出した。田舎の家々では先祖の位牌の上に毛沢東の塑像を祭っていた。一部年老いた人は玄関のドアを閉めた後、毛沢東の塑像の目を突きながら罵り、どうしても毛沢東の目玉をえぐり出したいほどの怒りをあらわにした。私は、大陸の人々が毛沢東記念堂を参拝しないように、毛沢東の塑像を祭らないように、「大紀元日報」が提案した中共の書画、旗、バッチなどを処分することに応えるように、中共と決別する具体的な行動を引き起こすよう呼び掛ける。

 私は戦後の民主日本の合法性を認めるが、中国共産党の存在の合法性は決して認めない。私はむしろ戦後の民主日本の田舎の農民になっても、中国大陸の田舎の農民には決してなりたくない。しかし、なんといっても私は元々中国大陸の田舎の農民であった。それゆえ、なぜ反日するのに中共は反対しないのかについて理解に苦しむ。ぜひ専門学者の方々のさらなる解説を望んでいる。

 【注】著者・田夫は広州市で最初の中・高卒の若者(文化大革命中農山村に下放された中卒・高卒者)、開拓部隊の一員だった。

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