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二の丸公園から見た天守閣 右奥が本丸御殿

【ぶらり散歩道】 --熊本篇-- 熊本城と本丸御殿

 【大紀元日本1月8日】熊本城の本丸御殿を見てきました。熊本城に隣接する本丸御殿は当初、加藤清正により1610年ごろ創建されたと文献にあります。細川忠利が城主になった後に大幅な改修工事がなされ、往時は部屋数53室、畳総数1570畳を数えたそうです。その後は幕末まで大きな改変のないまま存続したと考えられています。

 しかし、1877年の西南戦争で天守閣・本丸御殿は消失。1960年に天守閣の再建がはじまり、その後、南大手門などの復元がなされ、2008年には本丸御殿大広間が竣工されました。

 復元には1769年ごろに描かれた「御城内絵図」や幕末の写真家・富重利平の古写真などが参考にされました。石垣積みをはじめ熟練した木組み・丸太の仕上げ、土壁や屋根の下地にまでこだわった復元がなされ、これにより伝統的な工法・技法が後世に伝えられました。

正面から見た本丸御殿

闇り(くらがり)通路。本丸御殿は石垣と石垣をまたぐように建てられ、床下には地下通路がある。地下通路を持つ御殿建築は他に例がないと言われている

石垣と接する木材は、石垣の凹凸にあわせて削り取られている。このため、石垣と木材がぴったりと合わさるという

大御台所。ここで城主の食事がつくられた。食事は資料をもとに復元された。予約をすれば、実際に食事もできる

建物の中ではパソコンを使って熊本城のことを学んだり、本丸御殿復元の記録映像を見たりすることができる

桐之間では琴の演奏会が

若松之間(手前)と昭君之間

見事な昭君之間の天井絵

(文/写真・佐吉)

 (11/01/08 07:00)  





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昭君之間  本丸御殿  熊本城  闇り通路  


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