イラン戦争が変えた日本の安全保障 高市政権 年末の三文書改定へ体制固め

2026/07/12
更新: 2026/07/12

2月28日に始まった米国・イスラエルによるイラン攻撃は、最高指導者ハメネイ師の死亡とイランによるホルムズ海峡の事実上の封鎖という、湾岸危機以来の地殻変動を世界にもたらした。

イラン戦争は、当初の米・イスラエル優勢から、イランの非対称戦略による「水平的エスカレーション」へと局面を変えた。イランはホルムズ海峡を人質に取ることでエネルギーの安定供給と世界経済を脅かし、軍事的に優位な米国とイスラエルの継戦意思を揺さぶっている。

4月11〜12日にはパキスタンの仲介で米イラン協議が行われたが、双方の隔たりは大きく、米国は逆に海峡を東側から海上封鎖する動きを見せており、民間船舶が自由に通航できる状況にはほど遠い。

停戦交渉が難航する中、この戦争の余波は中東にとどまらず、インド太平洋の安全保障環境そのものを塗り替えつつある。対中抑止の再構築を掲げて発足した高市早苗政権は今、エネルギー、抑止力、財政という三つの面で同時に試練に直面している。

第一の試練 エネルギー安全保障

日本への最初の打撃はエネルギーだった。日本は2025年時点で原油の約94%を中東から輸入し、そのうち約9割がホルムズ海峡を経由している。今回の封鎖は、中東依存リスクと供給元多角化という第1次石油危機以来の課題が、半世紀を経てなお解決されていないことを露呈させた。

影響は家計に直結した。時事通信によるとレギュラーガソリンの店頭小売価格は3月2日の1リットル158.5円から16日には190.8円まで急騰した。政府は3月19日から緊急的な激変緩和措置として燃料補助金を投入し、本来200円を超える水準を170円程度に抑え込んでいるが、供給制約による国内生産の下振れリスクは残る。

政府はまた国家備蓄原油の放出に踏み切り、電力・ガス会社が保有するLNG在庫(3月1日時点で400万トン弱、ホルムズ経由輸入量の約1年分)や代替調達で供給を維持する構えだ。

高市政権はエネルギー自給率の引き上げと資源安全保障の強化を主要政策に掲げ、日米首脳会談を踏まえた米国とのエネルギー協力拡大や、ロシア産LNGの輸入継続を打ち出している。

だが専門家の間では、エネルギー確保を地政学的課題として安全保障戦略に正面から組み込む必要性が改めて指摘されている。

海峡での船舶防護をめぐっては、米国主導の封鎖作戦に英仏が参加を拒否する中、高市首相は3月16日、ホルムズ海峡で民間船舶を護衛するため、自衛隊法で規定する海上警備行動に基づき、艦船を派遣することは困難との認識を示した。

日本として米国に依存しない有志連合の枠組みを検討すべきだとの議論も浮上しており、自衛隊派遣の法的根拠という積年の課題も再び問われている。

第二の試練 米国の「弾切れ」と拡大抑止

より深刻なのは、日本の安全保障の根幹である米国の拡大抑止に生じた影である。米シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)の分析によれば、米軍はイラン戦争でTHAAD、SM-3、パトリオットなど防空迎撃弾の開戦前在庫の5割超を消耗した可能性があり、トマホークやJASSMといった長距離打撃弾も大きく減少した。

SM-3など一部の弾薬は製造に4年以上を要し、「空になった弾倉」を短期間で埋める手立てはない。CSISは、米軍が中国との持久戦を戦うには長距離弾薬、防空システム、無人機がいずれも不足していると警告する。

外交政策研究所(FPRI)は、日韓など同盟国にとって重要なのはペルシャ湾で示された米国の決意という政治的象徴ではなく、自国の空を守る迎撃弾の実数だと指摘する。高市首相が3月19日の日米首脳会談で「中東と同様、インド太平洋の安全保障環境も極めて深刻」と述べたのは、この懸念の表明にほかならない。THAADの増産が意味のある在庫を生むのは早くて2027〜28年とされ、防衛産業の動員には年単位の時間を要する。

一方、ブルッキングス研究所は、弾薬不足は早急な是正を要するものの、それだけで大国間戦争の抑止が崩れる可能性は極めて低いと反論する。習近平が台湾侵攻という歴史的決断を下すには、弾薬在庫よりはるかに広範な要素を計算せざるを得ないというのがその論拠だ。ただし同研究所も、空母打撃群やTHAAD1個中隊のインド太平洋から中東への転用には懸念を示している。

第三の試練 対中対立と財政制約の同時進行

イラン戦争の陰で、中国の対日圧力は続いている。高市首相が昨年11月7日の国会答弁で、台湾への武力行使が「存立危機事態」になり得るとの認識を示して以降、中国は外交・経済・軍事・情報の各手段を動員した威圧を展開してきた。CSISは、2010年と2012年の日中対立との比較から、今回の対立が日中関係に恒久的な変化をもたらす可能性を指摘している。

米国のシンクタンクの共同分析によれば、中国は高市政権の防衛装備輸出規制の緩和や台湾有事への関与示唆を「軍国主義」と非難する宣伝戦を続け、日本を同盟網から切り離すことを狙っている。

これらに対処する原資には限りがある。防衛費のGDP比2%目標の前倒し達成は米政府で評価されたが、政府債務残高がGDP比約240%と先進国最悪の水準にある中、年末に予定される防衛力整備計画の改定でさらなる増額圧力に応えられるかは不透明だ。原油高がもたらす物価上昇と補助金負担は、この財政の綱渡りを一段と難しくしている。

議論される対処 「自前の弾」と戦力設計の転換

こうした環境変化を受け、米シンクタンクからは日本の対応策をめぐる具体的な提言が相次いでいる。

ハドソン研究所は、年末に改定される安保三文書に向けて、統合的なミサイル防衛の構築とPAC-3 MSE迎撃弾など弾薬の国内生産強化を最優先課題に挙げている。

同迎撃弾は現在のイラン紛争でも重要な役割を担っており、4月には日米の防衛当局者がミサイル共同生産の作業部会で生産効率化の具体策を加速させることで一致した。米国の在庫が枯渇しかねない時代には、同盟国が「自前の弾」を持つことが抑止の前提になるという発想だ。

同研究所はまた、人口減少で自衛隊の規模拡大が見込めない以上、予算増を「今より大きな自衛隊」に使うのではなく、無人システムと分散配備型の長射程対艦・対地ミサイルを軸とする戦力設計への転換を提言する。ウォーゲーム分析では、2026年度の予算水準の枠内でも、10〜15%の人員削減を伴いつつ今後10年でこの移行が可能だという。

さらに踏み込んだ議論もある。ランド研究所の研究者は、台湾有事の際に日本が中国の上陸艦隊の撃破に加わる用意を、まず非公式にでも米側に伝えるべきだと主張している。米軍単独では開戦1週目に長距離対艦ミサイルが枯渇するとのウォーゲーム所見を踏まえ、トマホーク400発の調達や12式地対艦誘導弾の射程延伸を進める日本こそが「共に戦う」ことで抑止を成立させられるという論理だ。

もっとも、この議論が日本に持ち込まれた場合、「米国の弾切れという現実を前に、日本も覚悟を決めて抑止力の実効性を高めるべきだ」とする現実論と「米国の戦争に巻き込まれ、中国との直接戦火を交えるリスクを自ら背負い込むべきではない」とする慎重論の間で、国論を二分する激しい議論になる可能性がある。

イラン戦争は、抑止力とは政治的宣言ではなく、迎撃弾の在庫、工場の生産能力、エネルギーの備蓄といった物理的な裏付けの問題であることを白日の下にさらした。高市政権が年末までにまとめる新たな安保三文書は、この「弾と油」の現実にどこまで正面から答えるか。米国の傘が揺らぐ時代の日本の針路を占う試金石となる。