香港・大埔区の高層住宅団地「宏福苑(ワン・フク・コート)」で発生した大規模火災をめぐり、香港政府が市民の言論を抑制する動きを強めている。火災後、工事監督や警報システムの不備を指摘する声が広がったが、政府は詳細を明らかにしていない。一方で、独立調査を求めた学生や元区議らを相次いで拘束し、言論自由の後退を懸念する声が高まっている。
宏福苑は居者購入計画(HOS)に基づいて建設した大型住宅団地で、地域の主要な住宅供給地となっている。今回の火災は多数の死傷者を出し、香港社会に大きな衝撃を与えた。
火災後、市民や専門家は、
・緊急携帯警報システムが作動しなかった理由
・外壁工事に使用した防護ネットや発泡材の安全基準
・工事入札および監督体制の透明性
など三つの点を中心に疑問を提起した。しかし政府は死傷者名簿すら公表しておらず、説明不足が続いている。
現場周辺では献花に訪れた市民が、独立調査を求める紙を掲げたところ、「無許可集会」として警察が制止する場面も確認された。SNS上でも火災原因に関する投稿を削除し、専門家による分析記事を共有したアカウントが凍結されるなど、情報統制を指摘する声が上がっている。
市民の中では、事件の徹底調査を求める動きも広がった。香港メディアによると、市民らは28日、請願サイト Change.org で署名活動を開始し、
・被災住民への継続支援
・独立調査委員会の設置
・工事監督制度の抜本見直し
・官員の責任追及
という「四大訴求」を掲げた。署名は29日19時時点で1万筆を超えた。
こうした中、署名活動を呼びかけていた香港中文大学の学生・関靖豊さんが29日、ビラ配布中に「憎悪を煽った」として香港警察国家安全処に拘束された。翌12月1日に保釈されたが、大学関係者や市民からは「公共の利益に関する要求を犯罪視している」と批判が相次いだ。前区議の張錦雄氏や現場ボランティアの女性も同様の容疑で拘束されている。
大学への圧力も広がっている。香港浸会大学では学生会が犠牲者追悼の掲示を行ったところ、翌日には掲示板をバリケードで封鎖し、学生会室も大学側により接収された。学生や卒業生からは「哀悼の言葉すら許されないのか」との声が上がっている。
一方、火災の原因に関しては工事体制への疑念も強まっている。親北京紙の大公報は、足場工事業界で談合や高額請負、粗悪工事が横行しているとする調査報道を掲載し、宏福苑外壁を担当した宏業公司の過去の違反歴にも言及した。しかし同記事は現在、同紙のウェブサイトから削除され、「外部圧力によるものではないか」と憶測を呼んでいる。
政府は12月1日、採取した足場ネット20点のうち7点が難燃基準を満たしていなかったと発表した。廉政公署は、台風後に基準外の防護ネット2300巻を使用したと説明したが、材料の産地などは明らかにされていない。
専門家からは独立調査委員会の設置を求める声が相次ぐ。元運輸・房屋局局長の張炳良氏は「今回の規模は国際的にも独立調査の対象になる」と指摘。元監警会主席の梁定邦氏も「過去の重大事故を上回る深刻さだ」と述べた。
廉政公署は11月28日、工事顧問や足場業者など計11人を逮捕し、不正の有無を捜査しているが、調査の全容は見えていない。
火災の死傷者数や経緯については未だ公表されておらず、独立調査の見通しも立たないままだ。市民の間では「言論が封じられれば、同じ悲劇は再び起きる」との不安が広がっている。
ご利用上の不明点は ヘルプセンター にお問い合わせください。