かつて、稲盛和夫はある問いを投げかけられた。
「あなたは世界トップ500企業(フォーチュン・グローバル500)を2社も創業されましたが、その経営の秘訣は何ですか?」
彼は少し考え、こう答えた。
「人間として、何が正しいのか」
この一言だけだった。
記者は、彼が質問の意味を理解していないのだと思った。
だが実は、これこそが答えだったのだ。
1932年、稲盛和夫は日本の鹿児島に生まれた。
若い頃の彼には、これといった特別な才能はなかった。
受験には失敗し、就職活動でも不採用が続き、
ようやく入社したのは、倒産寸前の小さなセラミックス工場だった。
金もなく、背景もなく、前途もなかった。
しかし、彼は一つのことを実行した——。
目の前にある、そのセラミックスの研究に真剣に取り組み始めたのだ。
そこに愛着があったからではない。
ここに身を置いている以上、
この仕事をやり遂げよう、と思ったからだ。
腹が据わると、
奇跡が始まった。
彼は新しいセラミックス材料の調合を発見し、
あの倒産しかけていた小さな工場は、
やがて京セラへと変貌を遂げた。
ファインセラミックスの世界的リーディングカンパニーである。
その後、さらにKDDIを設立し、
日本第二の電気通信事業者へと育て上げた。
世界トップ500社に数えられる大企業を、実に2社も創り上げたのだ。
しかし彼は、これが自らの最も誇るべきことではないと言う。
彼が最も誇りに思っているのは、2010年に行ったある決断である。
日本航空(JAL)が破綻した。
負債総額2.3兆円。
日本企業における史上最大の倒産劇であった。
政府は稲盛和夫のもとを訪れ、
日航を救うために再起してほしいと懇請した。

その年、彼は78歳だった。
断ることもできた。
名誉、富、そして穏やかな老後。彼には何一つ不自由なものはなかった。
しかし、彼は引き受けた。
理由を尋ねる人々に、
彼はこう答えた。
「日本のため、2万人の社員のため、そして飛行機を利用するすべての人々のために」
私心によるものではなかった。
彼は無給で日航の再建に臨んだ。
最初に行ったのは、人員整理でも、コスト削減でもない。
すべての社員のもとへ足を運び、こう問いかけることだった。
「あなた方は、なぜここで働いているのですか?」
彼ら自身の心の奥底にある、
原点の答えを呼び覚まそうとしたのだ。
3年後、日航は再上場を果たし、
日本企業史上で最大規模のIPO(新規公開株)を記録した。

稲盛和夫の哲学は、わずか四つの文字に集約される。
『敬天愛人』
この四文字は、中国に由来する。
中国古代の儒家と道家思想のエッセンスである。
敬天——
自分より大いなるものを敬うこと。
自然、因果、良心、天道。
自分が宇宙の中心ではないと知るからこそ、
傲慢にならず、貪りもしない。
愛人——
他者を自分より優先すること。
社員、顧客、社会、
さらには見ず知らずの人々まで。
そうすることが利益になるからではない。
それが「正しいこと」だからだ。
彼は言った。
「利他の心こそが、経営の原点である」
利己ではなく、利他。
この言葉は、2500年前に
すでに孟子が説いていたことでもある——。
「仁者は人を愛す」
現在、多くのビジネススクールが、
稲盛和夫の経営哲学を教材として扱っている。
教授陣は、彼の「アメーバ経営」を分析し、
そのコスト管理を分析し、
その戦略的意思決定を分析する。
しかし、稲盛和夫自身は、
それらは核心ではないと語る。
核心は、たった一つのことにある——。
人間として、その心根が綺麗であるかどうか。
欲望が少なくなれば、
他者が見えてくる。
他者が見えてくれば、
本当に人を助けることができる。
人を助ければ、
天は、自ずとそれに応えてくれる。
これこそが「敬天愛人」である。
スローガンではない。
一人の人間が、その生涯をかけて、
体現した答えなのだ。
晩年、稲盛和夫は
得度して仏門に入った。
世間は、彼が世俗のすべてを見限ったのだと言った。
だが私は、見限った(看破)のではなく、
見通した(看通)のだと思う。
一塊のセラミックスから、世界トップ500企業2社の創業、
さらには日航の救済、そして最期の出家に至るまで、
彼は一貫して、同じ問いを自らに投げかけ続けていた。
「人間として、何が正しいのか」
この問いは、
孔子が問い、
孟子が問い、
王陽明が問うてきた。
そして、
1932年に鹿児島で生まれた一人の日本人が、
その一生をかけて、
一つの答えを示したのだ。
敬天愛人。
わずか四文字、されど一生。

見覚えのある涙 【日本の中の「仁義礼智信」序】
食卓の一秒に生きる「仁」 「いただきます」という最も深い礼 【日本の中の「仁義礼智信」1】
お辞儀の重み「誰も見ていないときの自分」【日本の中の「仁義礼智信」3】
一杯のラーメンに込めた一生【日本の中の「仁義礼智信」4】
敬天愛人 稲盛和夫が一生をかけて導き出した答え 【日本の中の「仁義礼智信」5】
ご利用上の不明点は ヘルプセンター にお問い合わせください。