焦点:中国ワクチン騒動煽った「自媒体」、情報統制揺るがすか

2018/08/03
更新: 2018/08/03

Adam Jourdan and Pei Li

[上海/北京 26日 ロイター] – 中国のワクチン不正を巡るスキャンダルが、情報管理に総力を挙げてきた同国政府に新たな挑戦を突きつけている。個人が書いたブログやオンライン記事が、一般市民の怒りに火をつけているのだ。

ワクチンメーカー長春長生生物科技(チャンション・バイオ・テクノロジー)<002680.SZ>が子ども向け狂犬病ワクチンの製造資料を捏造(ねつぞう)していたとされる問題が、大きな関心を呼ぶようになったのは、当局が問題を指摘した6日後の20日、大手ソーシャルメディアの微信(ウィーチャット)で掲載された記事がきっかけだった。

「ワクチン王」の見出しで元ジャーナリストたちが運営するアカウントに掲載された同記事は、長春経営者のビジネス手法を批判。翌日削除されるまでに数万回閲覧された。削除後も、無数の記事リンクやコピーが中国のネット上に出回った。ブロックチェーン技術を使って記事を保存するネット市民すらいた。

「自媒体」と呼ばれる自主メディアの記事が及ぼす巨大な影響力は、オンラインの情報統制を強めようとする中国共産党に対する脅威となっている。

「これはゲリラ戦だ。政府は、伝統的メディアに対するような取り締まりができていない」。米ペンシルバニア大で中国メディアを研究するFang Kecheng氏はそう語る。自媒体のアカウントを1つ閉鎖させても、すぐに多数のアカウントが開設されるためだ。

今回の記事は、国内製の薬品や食品を巡る品質スキャンダルに長年悩まされてきた中国国民の激しい反感を買った。記事発表の翌日には、中国のソーシャルメディアは大炎上していた。

頻出ワードを追跡するウィーチャットインデックスによると、その日の「長春」に対する言及は1億回に迫り、前日の26倍に跳ね上がった。交流サイトの微博(ウェイボー)では、長春スキャンダルに関する議論が8億2000万回以上閲覧された。

深セン証券取引所に上場している長春に対する制裁は速やかに行われた。

中国当局は複数の捜査を開始。警察は経営トップや幹部ら15人を拘束。習近平国家主席はこのスキャンダルについて、「恥ずべきものでショッキング」だと批判した。

公式に謝罪した長春は、7月中旬以降、時価総額の半分以上にあたる19億ドル(約2100億円)を失い、上場廃止を申し出た。

「ワクチンスキャンダルが公表された1週間前には、数十万(元)の罰金が科されただけだった。ワクチン王の記事が拡散されてからは、経営者を含め15人が拘束された。たった1本の記事が持つ影響力には恐ろしいものがある」と、ウェイボーに投稿する人もいた。

今回の記事をウィーチャットに投稿したのは、メディアと関係ない、多数ある自媒体グループの1つで、不動産会社や株式市場、企業買収などの報道で知られていた。この記事には記者の署名がなく、グループ名の「Shou Ye」とのみ記されている。同グループの記者たちは、読者からの寄付で収入を得ている。

<「破壊的影響力」>

 

世界最大の人口を抱える中国にとって、情報の流れをしっかりと管理することが、社会の安定を保つ鍵だと考えられている。

今回のスキャンダルが広がるにつれ、当初はソーシャルメディアに投稿した批判コメントが削除されたと苦情を言う利用者が多くみられたが、ネットを監視する検閲当局はその後、規制の手を弱めたようだ。

それに乗じて、長春やその経営者の過去を暴こうとする人々が登場。トランプ米大統領をかたる虚偽の投稿まで出てくる始末だ。

「偉大なアメリカの製薬会社が、中国市場から締め出されているのは不公平で不名誉だ。多数の命が救えたはずだ。不公平だ。変えなければならない」という、トランプ大統領風のパロディ投稿は、ウィーチャットで人気を集めた。

だが、制限のない自由な発言の容認と、発言を常に監視して話題を制限する監視体制との軋轢(あつれき)も、目に見える形で現れた。

中国の共産党機関紙で人民日報系の環球時報は、23日付の社説で「破壊的な勢力」が「大混乱を巻き起こそう」としており、ネット上の発言を規制しなければ、国が混迷に陥りかねないと主張した。

医薬品の安全性など、社会不安を招きかねない特にセンシティブなスキャンダルを暴いた市民が、厳しい結果に直面することもある。

今回と違うワクチンを巡るスキャンダルで、原告代理人を努めた弁護士の唐荆陵氏と余文生氏は、現在それぞれ収監されている。

また、ワクチンの取り扱いを巡るスキャンダルを記事にしたジャーナリストの王克勤氏は、2011年に失職している。

中国で批判が容認される場合、内容が事前にチェックされていることが多い、と人権専門家は指摘する。

「今回のスキャンダルでは、製薬会社に対してネット市民は存分に批判できるが、中国政府に対して批判的な光を当てるようなニュース記事やソーシャルメディアの投稿は、引き続き検閲されている」。そう語るのは国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチの中国ディレクターのソフィー・リチャードソン氏だ。

とはいえ、自主メディアの登場で、新たな構図が出現している。

前出の研究者Fang氏は、自主メディアの影響力を目の当たりにした中国当局は、こうした媒体を自らどう活用するかを検討する可能性があると警告する。「こうしたメディアの持つ影響力に気づいた政府が、プロパガンダの道具として利用する可能性を、人々は警戒すべきだ」

(翻訳:山口香子、編集:下郡美紀)

 

 7月26日、中国のワクチン不正を巡るスキャンダルが、情報管理に総力を挙げてきた同国政府に新たな挑戦を突きつけている。写真は2017年7月撮影(2018年 ロイター/Thomas White)

 

Reuters
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