THE EPOCH TIMES

【文化論エッセイ】名花十二客

2008年03月04日 12時11分
 【大紀元日本3月4日】宋の画家であった張景修が、12の名花に喩えて12種の客にあてはめたものに「名花十二客」というものがある。具体的には、このようなものだ。牡丹は貴客 、梅は清客、菊は寿客、瑞香(沈丁花)は佳客、丁香は素客、蘭は幽客、蓮は静客、茶靡(どび)は雅客、桂は仙客、薔薇は野客、茉莉は遠客、芍薬は近客、というものだ。

 現代はとかく客となる相手の財布の大きさであるとか、名声とかいったことに目がいきがちであるが、宋代の人はこのように多角的に客人を観ていたのかとその度量の大きさにまず驚かされる。では、その意味するところは、簡単に言ってどのようなものだろうか?

 「貴客」、これは読んで字の如しであろう。名声や財力に秀でた人だ。現代人が最も注目するところだ。「清客」、これは道徳的に道義が明確な人ではなかろうか?もしくは学問に秀でて世の中や将来が見通せる人だ。現代のように先端テクノロジーで道徳が混迷しているような時代には、是非客として招いて、差し向かいで茶菓子でも勧めたい人だ。

 「寿客」、これは何だろうか?現代は「健康マニア」の時代であるといわれる。あるいは、この時代に健康に益する情報や病気の知識などを持った太夫の類、もしくは家系が続くという意味で先祖を大事にする人のことだろうか。「佳客」、これは言い得て妙だ。この当時の人は、善人を客として重んじたのだ。

 「素客」、これも凄い。質素倹約が喜んでできる人、あるいは人間的に素朴な人だろう。「幽客」、鬼神先祖の祭り方を知っていて、その年中行事をよく指導できる人だ。やはり地域社会の結束のためには、貴重な人に違いない。「静客」、こんな人が現代にいるだろうか?口先かまびすしい「言った方が勝ち」の現代にあって、「静かな人」とは!?口先だけでなく、心も静かな人なのだろう。ごく稀だ。

 「雅客」、こんな人もお目にかかるのが珍しい。縁側に座って茶など啜っていると、そこに鶯などが来て、木に留って鳴く。すると一首、あるいは一句をすぐさま捻りだすような人だ。中国では李白、杜甫のような人、日本では松尾芭蕉などが有名だ。「仙客」、これは導引・服気など気功に長じた人、道理を知った人だろう。

 「野客」、これは何だろうか?「官」に対しての「野」だろうか?朝廷に服さずとも、野にあって優秀な人なのかもしれない。そして、「遠客」、「近客」、中国では「朋あり、遠方より来たる、また楽しからずや」とあるように、遠方から来た客を特に食でもてなす習慣がある。この食でもてなすのは、近客でも同様なのであるが、自分がそちらの遠方に行った際には当然の如く世話になれる道理なのである。

 個人対個人の話はこれぐらいのことなのだろうが、果たして国家レベルではというと、日本という国が環太平洋諸国の中で知らないうちに観光立国になったという話なのである。カード信販会社の調査によると、2008年の海外旅行者の人気渡航先は、パン・パシフィックでは、日本が米国やオーストラリア、中国を抑えて第一位になる見通しだという。

 その客人の顔ぶれはというと、その数からしてだいたい以下のようなものだ。韓国、台湾、米国、中国、香港、英国、オーストラリア、カナダ、フィリピン、ドイツ。トップ5の客人の内で、米国を除き、後はアジアからの客人なのである。1988年のソウル五輪までは、北米からの白人の観光客がトップを占めていたが、五輪後の特に平成に入ってからアジアからの客人が逆に増加したのだという。

 それら客人の観光目的は、実にバラエティーに富んでいる。一番のお得意さんである韓国人観光客は、八割近くの人たちが「日本の料理、郷土料理」を楽しみに来るのだという。次いで、「買い物」「都会のライフスタイル」「神社・仏閣めぐり」「温泉」「田舎の暮らしぶり」などの順だという。近年では、鮨屋がソウルや台北でも見られるようになったが、日本料理がここまで世界的な観光資源になったのかと意外な思いがする。

 雪を見たことのない台湾人は、近年は北海道でパウダー・スノーをカップルで見るのが流行なのだという。それにもましてはずせない観光コースが「東京ディズニーランド」と「秋葉原・電気街巡り」だという。特に、東京ディズニーランドは、どこかの国の「贋作ディズニー」とは違って、パテントを支払っての「正統派」だけに、アジア圏旅行者からの信頼も厚いのだという。

 では在来型の北米人観光客などは、何が目的なのか?一昔前までは「ゲイシャ・フジヤマ・スモウ・キョウト」などと言っていたが、現代の若い米国人などは、真っ先に秋葉原に来て「萌え文化」を堪能して帰るというのである。この秋葉原発の「萌え文化」なるものは、一昔前までは国内で「オタク文化」として忌み嫌われていた日陰者であったが、知らないうちに国際的な観光資源になってしまった。

 しかし近年では、こういった観光客とは明確に一線を画する新しい人種がやって来るようになった。それは、「新富裕層」と言われる大陸からの観光客だ。彼らは、主に北京や上海で事業を立ち上げて成功した中国人実業家たちの一行で、観光バスを借り切って銀座の一流ブランド店にやって来ては、ブランド品のバッグや腕時計などを金に糸目をつけずに「地引網」のように買っていく「金満集団」だ。

 国内GNPからしてこんなに有難い「貴客」はないのだろうが、「待てよ…社会主義国からのお客さんなのだから、素客か清客でなくてはおかしくなかろうか?100元札を気前よく叩いている富裕層がいる一方で、一元に困る民工は、一体何億人いるの?」と問いかけたい余人は少なくないのではなかろうか?

 日本は戦後、朝鮮戦争特需をきっかけにした「神武景気」、これに続く「いざなぎ景気」「岩戸景気」などを経験してそのつど成長してきたが、それらは国内投資に基づく「物作り」による輸出型の好景気であった。しかし、現在の「いざなみ景気」は、これとは全く違う「受ける景気」なのだ。

 現在は好景気で「いざなみ景気」と言われるが、従来の好景気ほど豊かさが実感できないものだといわれている。しかし、名花十二客の精神を温めて、世界特にアジアからの客人をもてなすようにすれば、本当の豊かさが実感できるようになるのではなかろうか。それは、棚から落ちたぼた餅を大事にできるかどうか、即ち「観光立国」として自覚できるか否かの試金石だといってもいいだろう。
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