印刷版   

【ぶらり散歩道】熊本篇
--植木町--

 【大紀元日本4月6日】3月23日、熊本市は隣接する植木町・城南町の両町と合併し、人口約73万人の都市として新市発足しました。県民人口が約182万人なので、県民の約40%が熊本市民となります。

 さて、今日は、新しく熊本市に編入された旧・植木町をご紹介します。 

 旧・植木町は面積が65.8平方キロ・・・JR山内線の内側の面積とほぼ一緒です。そこに3万人ほどの人が生活されています。

 植木町といっても、ご存じない方が多いかもしれませんが、全国的に有名なものがあります。

 
植木のスイカ

スイカの生産量日本一で、品質も日本一と評価されています。この植木青果市場を拠点に、美味しいスイカが全国に発送されています。またスイカだけでなく、メロンの名産地でもあります。

 
田原坂
 

1877年(明治10年)西郷隆盛を盟主とし勃発した西南戦争は、日本で最後の内戦です。そして田原坂の戦いは最も激しい戦闘をした地として有名です。多くの若者がこの地で命を落としました。この像の下には田原坂の戦闘を唄った曲の歌詞が紹介されています。

 雨は降る降る 人馬は濡れる

 越すに越されぬ田原坂

 右手(めて)に血刀 左手(ゆんで)に手綱

 馬上ゆたかな美少年

 
種田山頭火

漂泊の俳人と言えば種田山頭火(たねだ・さんとうか:1882~1940)。山頭火は、この味取(みとり)観音堂の堂守として1年と2カ月、植木町で過ごしました。そして44歳の春4月、この味取観音堂を離れ、流転の旅に出ます。

 分け入っても分け入っても青い山(山頭火)

 
小野小町

小野小町(おのの・こまち)といえば、美人の代名詞。また日本を代表する六歌仙の一人としても有名です。小町は、父親であった 小野良実 がこの地に流刑されていた時 に生まれたとされています。現在、ゆかりの土地として小野泉水公園に歌碑があります。

 花の色はうつりにけりないたづらに わが身世にふる ながめせしまに

 (小野小町)

(文/写真・佐吉)


 (10/04/06 05:00)  





■関連文章
  • 中国の妙技!西瓜の彫刻芸術(08/10/14)
  • 【季節のテーブル】お化け屋敷とスイカ割り(06/08/10)