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歌川広重【名所江戸百景】堀切の花菖蒲(ウィキペディアより)

【今に伝える江戸百景】花菖蒲の名所 堀切菖蒲園

 【大紀元日本6月27日】東京がかつて江戸と呼ばれていた頃、江戸っ子に大いに好まれた色彩に「江戸紫」があった。

 同じ紫にも、赤みがかった古代紫(京紫)と、青みがかった江戸紫がある。その後者を実例に喩えれば、歌舞伎十八番「助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」に登場する色男、花川戸の助六が額に締めているあの鉢巻の色ということになるだろう。

 もっとも、なぜ助六が紫の鉢巻を締めているかというと、染料の原料である植物のムラサキの根が薬用にも使われていたことから、病人の頭に紫の布を巻いて治癒を願うまじないがあり、頭に血が上りやすい侠客の助六はその予防として病人と同じ鉢巻を締めていたというわけだ。歌舞伎の大当たりとともに、団十郎をまねた紫の鉢巻姿で町を歩く者まで本当に現れ、以来、この色が江戸っ子の心をとらえた。

 さて青と赤の中間色である紫という色は、外国ではその好悪にかなりの開きがあるらしい。もちろん私たち日本人は、藤にしろ紫陽花にしろ、この系統の色の花をこよなく愛してきた。

 そこで忘れてならないのが、この時期が見頃のハナショウブ(花菖蒲)。江戸時代から知られた堀切の花菖蒲は、江戸末期の浮世絵師・歌川広重の『名所江戸百景』(※)にも描かれている。明治から大正までは数カ所の園で堀切の花菖蒲を継承していたが、今日では東京都葛飾区に残る堀切菖蒲園だけが往時を偲ばせるのみとなった。

 ハナショウブはアヤメ科に属し、端午の節句に湯船に入れるサトイモ科の菖蒲とは全くの別種である。アヤメ科の中でも、乾地を好むアヤメ、乾湿いずれにも適応できるハナショウブ、湿地または浅水地でなければならないカキツバタと、花は似ていてもその性質はかなり異なるという。

 堀切菖蒲園では、二百種、六千株の花菖蒲が栽培されている。6月半ばの晴れの日、多くの人がデジカメを抱えて訪れ、美しく咲きそろった花菖蒲をカメラに収めていた。

 江戸の昔とはだいぶ変わった楽しみ方ではあるが、花を愛でる人々の心はこれからも変わることはないだろう。
江戸の昔から続く堀切の花菖蒲(大紀元)
美しい花を前に皆がカメラマン(大紀元)


 ※『名所江戸百景』 江戸末期の浮世絵師・歌川広重(1797~1858)が、最晩年の1856年から58年にかけて制作した連作の浮世絵。作者の死後、未完成のまま残されたが、二代目広重の手も加わって完成された。目録表紙と118枚の図絵(二代目広重の1枚も加えると119枚)からなる。 

(牧)


 (10/06/27 07:00)  





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