人類史としての神韻 大いなる宇宙への回帰

2013年04月27日 07時00分
【大紀元日本4月27日】神韻を他のものに譬えるのが適切でないことは承知している。誤解を恐れずに言うならば、神韻の会場は、満点の星を映し出すプラネタリウムのような空間であるかも知れない。神韻とは、まさに宇宙なのである。

 およそ地球の歴史は46億年だと聞く。人類のうち、ネアンデルタール人などの旧人が誕生したのが30万年前。現在の人間に近い人類が出たのが、およそ3万年前で、日本の縄文時代は1万年前なのだそうだ。

 さて、四大文明史の領域に入ると、エジプトやメソポタミアの文明が約5千年前で、インダス文明が約4千年前に栄えた。

 中国の黄河文明も、夏王朝から数えればおよそ5千年前とみてよい。ただし、中国文明には、他の古代文明と大きく異なる特色がある。他の3つが、歴史時代に入ってから、水の干上がった枯れ井戸のように絶えてしまったのに対して、中国文明はさまざまな王朝交代を経ても綿々と続いて、ついに20世紀の近代を迎えたということである。

 そういう意味で、嵐のような中国史の洗礼を受けながらも、中国という風土が育んだ文明は、伝統文化というかたちで大切に守られ、継承されてきた。

 逆に言えば、中国に正統な文化があったからこそ、王朝交代の激動によって何もかもが破壊され多くの人命が失われても、一定の時間の後には必ずその傷を癒し、荒れた人心を整えて社会を正常に戻すという驚異的な回復力を持ち得たのである。

 中国という場所は、世界にも類を見ないほど激しく、人間関係が複雑なところである。

 当然、そのようなところは秩序が乱れやすい。逆説的な言い方であるが、中国に大徳の士が多く生まれ、秩序と分別を重んじる教えが尊ばれ、さらには、個人の内面を高めて天空の次元まで到達しようとする壮大な理想、すなわち修煉という文化が生じたのは、まさにそこが中国であったからなのだ。

 話を戻さねばならない。古代文明のうち、エジプト、メソポタミア、インダスの3つは、その歴史的過程で途絶えてしまった、と先述した。それに対して、中国文明は綿々と続いて途絶えなかった、とも言った。

 言葉が足らなかったので補足する。中国人を正しく教化し、中国社会を安定させてきた中国伝統文化は、20世紀の半ばまではかろうじて存続してきた。ただし、その20世紀の後半、正確に言えば1949年以降の共産主義政権に至ってから、中国伝統文化は史上最大の受難をむかえることとなった。

 以来60数年、中国伝統文化は、中国の国内においては完全に絶えた。今あるのは、全て中国共産党によって醜く変質させられた偽文化である。これを「党文化」と呼んでいる。

 とりわけ、共産主義の無神論というのは恐ろしい。それによって思い上がった人間は、神仏を否定してこれを罵り、貴重な文化財や歴史遺産をことごとく破壊・焼却してしまった。ものを破壊しているときの人間の内面を想像してほしい。邪悪に操られて動く人間の精神は、狂気そのものである。

 さらに許し難いのは、集団のなかで、一人でも良心を保っている人を見つけたら、たちまちすさまじい攻撃の対象にしてしまうことだ。「おまえは反革命分子だ」。中国で、そのレッテルを貼られることは死を意味する。したがって、もとは善良な人も、不潔な染物がめのなかで、どす黒く染まるしかないのだ。

 文化大革命に代表される政治闘争の時代は、もはや過去のものになったかに見える。しかし、今の中国はどうだろうか。暴力、欺瞞、腐敗、汚職、拝金主義、環境汚染等々、現代中国に普遍的にみられる悪事を挙げればきりがない。

 ありとあらゆる悪がはびこる今の中国は、すでに中国国内に止まらず、周辺国や世界に向けて悪しき地震波を発する巨大な震源になっている。そういう意味で、黄砂やPM2・5は単に環境問題だけのことではないのだ。

 もはや瀕死の状態となった中国と中国人を、正しく再生させるために何が必要か。

 正統な文化の力である。

 渺茫たる宇宙空間に地球が生まれたときから、神が定めた運命として中国に授けられた神伝文化を復興させ、それを起死回生の起爆剤にする以外にない。

 そのような人類史上最大のミッションを果たそうとしているのが、海外に在住する華人によって結成された神韻芸術団に他ならないのだ。

 拙文が百言を弄するよりも、まずは神韻のステージを見ていただきたい。

 これこそが中国人の命であるとともに、世界人類にとってもかけがえのない、神からのメッセージであることは一目瞭然であろう。

 
(牧)


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