4. 遺伝子の持つ無限の可能性【人類の活路は地球から教わる】

2022/08/02
更新: 2022/08/02

この地球に棲むあらゆる生き物は、遺伝子という設計図によって身体が作られている。一般にはDNA(ディーエヌエー)と呼ばれることもある。著名なスポーツ選手の子供が、やはり優秀な身体能力を持つとき、「親のDNAを受け継いでいる」などと表現されることがある。DNAや遺伝子という言葉からは、おそらく「カエルの子はカエル」という例えのように、親から受け継いだ遺伝的な特徴は、親が優秀であれば子も優秀であり、親があまり優秀でなければ子も優秀ではない」という漠然としたイメージが持たれているかもしれない。

「両親はともに運動が苦手で走るのが遅かったから、子供である自分が走るのが遅くても仕方がない」。少し前までは、こんな言葉に対して違和感を持つ人はほとんどいなかっただろう。ところが、遺伝子の研究が進んでいるいま、親から受け継いだ遺伝的な特徴は、環境でいくらでも変えられるということが明らかになってきている。実際、凡庸な両親から頭脳明晰な偉人が生まれたという場合には、「トンビがタカを生んだ」と表現されることもある。親の特徴は必ずしも子供に受け継がれるわけではないことは、昔の人々も少しは理解していたようだ。

しかし、時代は大きく変わっている。いま遺伝子やDNAという言葉を使うとき、親から受け継いだ特徴とは関係なく、意図的に隠れた才能を芽吹かせ、伸ばすことが可能であると考えられているのだ。そんなことが本当に可能であれば、この世に生まれてきたすべての人間が、思い通りに幸せに生きることができるかもしれない。実際、私は自然農法によって作物を育てているが、遺伝子の最新研究を裏付けるような事実をいくつも見てきている。そのことも踏まえて、遺伝子の可能性についてお伝えしようと思う。

少し言葉を整理すると、DNAは遺伝子を構成する物質を表していて、DNAのうち遺伝情報を伝える部分を遺伝子と呼ぶことが多い。地球にはたくさんの種類の生き物がいる。微生物に始まり、魚介類などの海の生物、植物、昆虫や爬虫類、哺乳類、鳥類など。それぞれ固有の遺伝子を持ち、遺伝子がそれぞれに特徴的な身体を作っている。人間にも遺伝子があり、おもに医療面で研究が進んでいる。その研究の過程で、驚くべき事実が判明した。

人間の遺伝子には大量の情報が組み込まれているが、そのうち実際に身体を作ったり、免疫を制御したり、設計図として働いている遺伝子は全体の2%で、残りの98%は「使い道のないゴミ」だと考えられていたらしい。ところが、実際にはゴミなどではなく、いろいろな才能のスイッチが、たんに休眠しているだけであることが分かってきたというのだ。

遺伝子研究は「分子生物学」という分野に入る。この分野で世界的に著名な村上和雄氏(1936-2021年)は、「遺伝子のスイッチのオン、オフ」という表現で遺伝子の働きを語っていた。たとえば、私たち人間が受精卵から人間としての身体に変化するには、同じ細胞でも心臓や肺などの臓器になったり、骨や神経になったり、毛髪や爪になったり、さまざまに変化する。その都度その都度、適切な細胞になるために、遺伝子に組み込まれている複雑なスイッチを入れたり、消したりしている。そして、オフになっているスイッチのなかには、たくさんの「才能の芽」が含まれているらしいのだ。

たとえば、あなたが音痴で悩んでいたとしても、歌を上手に歌うスイッチをオンにすれば、プロの歌手になることも夢ではないし、もし運動が苦手だったとしても、スイッチをオンにすれば、優秀なアスリートになることも可能になる。(もちろん、才能のスイッチがオンになっても、花開かせるのはそれなりに努力が必要だとは思うが)

村上氏は言う。
「人間には持って生まれた能力の差があるというが、実は天才でも普通の人でも、遺伝子の持っている30億の遺伝子情報は、誰しも同じ。能力の差とはその中の遺伝子がオンになっているか、オフになっているかの差に過ぎない」

では、一体どうすれば遺伝子のスイッチをオンにできるのだろうか。村上氏は生前、著書やインタビューのなかで、いろいろなヒントを教えてくれていた。まず、直接的にスイッチのオン、オフに関わっている要素として、「天候」、「気温」、「運動」、「食べ物」、「心」などを挙げている。とくに運動や食べ物によって、さまざまな才能の遺伝子がオンになるという。さらに、「心」の探求にも力を注ぎ、「笑い」が遺伝子にどう影響するか、吉本興業とコラボを組んだこともある。そして、「笑いによる興奮」は血糖値を上げるどころか、むしろ下げることを突き止めるなど、興味深い結果がたくさん発見されたという。

ポイントは、私たち人間を含め、あらゆる生き物は、遺伝子によって束縛されているのではなく、環境によっていくらでも隠れた能力を開花させることができる、ということだろう。そのことは、私自身も自然農園で日々経験している。

もはやミニとは言えない大きさのミニトマト(筆者撮影)
 

たとえば、健康食として一般の食卓にもよくあがるミニトマトを私も栽培している。トマトには実にいろいろな品種があり、大玉、中玉、ミニといったサイズの違い、まん丸や縦長、ハート形、そして赤や黄色といった色の違いもある。このなかで、種苗会社が販売している標準的なミニトマトの種を購入して育てているが、なんと私の畑では、ミニどころか中玉サイズまで大きく育ってしまう。味について表現するのは難しいが、野菜嫌いの幼児たちが夢中になって食べる味、ということだけは自信を持って言える。

種苗会社は、「安定した形質」を目的にさまざまな品種改良を試みている。とくにゲノム編集技術によって、成分を変えたり、実が大きくなったりするように遺伝子を改変する研究も進んでいる。しかし、私はそのような研究が必要なのかどうか、現時点では大いに疑問に感じている。なぜなら、ミニトマトとして品種改良したにもかかわらず、私の完全無肥料・無農薬の農場では、中玉サイズまで自然に大きく育っているし、とても美味しいからだ。環境によって、遺伝子の中に眠っていたスイッチがオンになった証拠とは言えないだろうか。

ソフトボール大のスイカの種から約8㎏の大玉に(筆者撮影)

ほかにも、興味深い事例がある。自家採種といって、その年に収穫した作物の種を採取して、翌年の作付けに使い、代々種をつないでいる野菜がいくつかある。なかでも大玉スイカの栽培は11年続けているが、途中の数年間、ソフトボール大の小さなものしか収穫できないことが続いた。そして、「無肥料栽培の場合は、作物がどんどん小さくなるのではないか?」と周囲から評価され、自分でもそうかもしれないと思い始めたときがあった。

ところが、良く考えてみると、その数年は雨が少なく、夏場の酷暑がひどい状態が続いていた。そこで、農地の乾燥を防ぐような手立てを試みたところ、ソフトボール大のスイカの種から、なんと5㎏を軽く超えるスイカがごろごろ実り、大きなものは8㎏にもなった。これは、遺伝的に小さかったというより、環境の違いが成長に大きく影響していることが明らかな事例だと考えている。

話を人間に戻そう。村上氏は、才能は自ら芽吹かせることができると信じていた。そして才能の遺伝子をオンにするために、次の3つの心構えが大切だと説いている。

1.志を高く持って生きる。
2.感謝して生きる。
3.プラスに考える。

たったこれだけのことで才能が開花するなら、だれでもチャレンジすべきではないか。そして、本稿の前半でご紹介したように、私たち人間の遺伝子が2%しか働いていないのが基準だとすると、もし残り98%を開花させることができたなら、潜在的な才能を100%どころか、単純計算で5,000%開花することになる。これを子育てや教育の場に当てはめて考えると、人間の未来はまさに無限の可能性を秘めた楽園になると思うのだ。
(つづく)
 

自然農法家、ジャーナリスト。1986年慶応大学経済学部卒業。読売新聞記者を経て、1998年フリージャーナリストに。さまざまな社会問題の中心に食と農の歪みがあると考え、2007年農業技術研究所歩屋(あゆみや)を設立、2011年から千葉県にて本格的な自然農法の研究を始める。肥料、農薬をまったく使わない完全自然農法の技術を考案し、2015年日本で初めての農法特許を取得(特許第5770897号)。ハル農法と名付け、実用化と普及に取り組んでいる。 ※寄稿文は執筆者の見解を示すものです。