安倍政権を振り返る…外交での成果とエネルギー分野の失策

2023/07/13
更新: 2023/07/27

安倍晋三元首相が2022年7月8日に暗殺されて一年が過ぎた。心からご冥福を申し上げる。

彼の政治家としての業績を讃える声が満ちる。もちろん私も、安倍氏は素晴らしい業績を挙げたと思う。外交面では安倍氏が主導して、民主党政権時代に低迷した米国との関係の再構築、アジア・インド洋外交、NATOとの関係強化、対中国包囲網の構築などを行った。

ところが内政では、私はあまり安倍政権を評価していない。「アベノミクス」と経済政策が命名され、何かをやっているように見えた。確かにその政権の間は、株価は上昇し、失業率は低かった。しかし実質は大きな改革をせずに、日本の経済・社会の課題の解決を先送りしてしまった。高支持率と選挙の勝利という政治資産を、外交、安全保障法令の改正、また彼の持論であった憲法改正の準備に使ってしまったように見える。

経済の生産性は改善せず

一つのデータを示してみよう。日本銀行は、日本の潜在成長率と成長率の要因を分析している。経済成長は資本投入量、労働投入量、その他の要素、この図では TFP(Total Factor Productivity、全要素生産性)と呼ばれるものからなる。TFPは技術革新、生産性の向上などが入った数字だ。また潜在成長率は、その国の経済の成長力を推計したものだ。

日本の潜在成長率を表す図(日本銀行ホームページ)

これを見ると、第二次安倍政権の2012年から2019年まで、TFPも、潜在成長率も、ジリジリ下がり続けた。これはこの期間の間に生産性の向上も、国を成長させる力の増加も起きなかったということを意味する。

アベノミクスは、財政支出、金融緩和、構造改革の3分野の政策を同時に行う「三本の矢」を掲げた。しかし実際には、日銀に大規模金融緩和をさせ、国債を事実上日銀に購入させて、ばら撒きを続けただけだ。安倍政権は国内の行政・制度改革に熱心ではなかった。

もちろん政治の力だけで日本経済の姿を変えられるわけではない。日本の劣化は、構造的な要因、社会変化の影響もある。しかし、もう少し安倍政権は改革を進めてほしかったと思う。

エネルギー政策では「何もしなかった」

その安倍政権の政策の停滞を、私が多少詳しいエネルギー問題で指摘してみよう。

エネルギー産業は、どの国でも政治が企業活動に影響を与える。日本ではそのマイナスの影響が最近大きい。そして安倍政権は懸案が山積したのに動かなかった。それは今でも悪影響を与えている。安倍氏だけに責任はないが、一連の政策には大きな問題があった。

安倍政権では、政治が関わらなければならない複数のエネルギー問題があった。大きく分ければ、①東京電力福島第一原発の事故処理、②原子力の規制と原発再稼働、③エネルギーシステム改革の3つだ。

2011年の東日本大震災、そして福島原発事故の後の民主党政権、経済産業省・資源エネルギー庁の行った政策には、この3点で課題を残した。そして安倍政権は、それらの解決を放置した。

2023年になって、その弊害は明らかだ。原発の停止で、代替の天然ガスなどの燃料費はこの10年で約50兆円に達したと日経ビジネスは試算している。

さらに電力供給体制は混乱し、日本のGDPは名目で500兆円程度だ。毎年数兆円の天然ガス、石炭などの電力のエネルギー源の余分な購入を海外からしたら、その成長を0.5〜1%程度押し下げただろう。ここ数年、需要の高まる夏冬に電力が不足し、停電の危機さえ発生している。またウクライナ戦争の後の国際エネルギー価格の高騰の影響で、日本の電力・エネルギー価格も急騰した。

2014年ごろ、シェールガス革命の影響で国際的な原油やガスの価格が下落した。それがなければ安倍政権と日本経済は、エネルギーの面から失速していたかもしれない。

福島事故では負担を東電に押し付け

①東京電力福島第一原発の事故処理について、国は民主党政権時代に東電に巨額の負担を押し付けた。私は原発事故を矮小化するつもりはないが、放射能の漏洩は健康被害が起こる程度のものではなかった。そして膨大な補償や対応工事について、政治が「ここまででよい」という線引きをしなかった。そのため東電の事故対策費は補償と工事が巨額になり、2023年で10兆円規模にまで膨らんだ。

安倍首相は、福島県や福島第一原発を頻繁に訪れ、福島や東電の人を励ました。しかし、その線引きをしなかったのは残念だ。お金を福島にばら撒くことで不満は減らせたが、それは東電の負担を膨らませて、復興を逆に遅らせたと思う。東電の負担増は、その利用者である関東圏の消費者が、電力で良いサービスを享受できない一因になっている。

原子力発電所の再稼働が遅れる

②原子力の規制と原発再稼働について、民主党政権時代に既存の原子力規制組織を潰し、新しく作った原子力規制委員会が規制を担当した。ところが規制を厳格にしたために混乱した。また民主党政権は脱原発を模索した。

安倍政権は、原発ゼロという政策は採用しなかった。しかし「安全性の確認された原発は再稼働」と繰り返すだけで、原子力規制の見直しに踏み込まなかった。そのために、原発の再稼働は遅れ、今でも東電、東北電、中部電、北海道電、中国電で原発は再稼働できていない。これが最近の電力料金高騰の一因になっている。

③エネルギーシステム改革については、政府は電力自由化をした。参入は増えた。しかし自由競争で、既存の電力が巨額投資をしづらくなった。そのために、電力システムが脆弱になり、電力不足が起きた。電力料金も国際エネルギー市況に釣られて上昇傾向だ。

安倍政権は、この電力自由化の負の側面の改革に手をつけなかった。2014年ごろアベノミクスの柱の一つに「電力・エネルギーシステム改革」を取り上げたが、いつの間にか消えてしまった。

強い政治基盤があっても改革後回しの日本

安倍首相は辞職原因になった病気が治った2022年初頭から原子力の活用を行う議員連盟などの会合に出席した。そこで議員たちにエネルギー・原子力問題について「やり残した」と感想を述べたという。そう思うのなら、在職中に動いて欲しかった。他の政策の優先順位付けの中で後回しにされてしまったのだろう。これだけではない。社会保障改革、税制改革、巨額の構造的な財政赤字などの難しい問題は放置されたままだ。

安倍氏はイメージだけで「タカ派」のレッテルを貼られ、批判が先行した。一方で、ファンも多かった。賛美でも中傷でもなく、その活動を冷静に評価するべきだ。

その上で、私は自分の知るエネルギーと経済政策では、安倍政権は、「問題先送り」という評価できない政策を行った。とても残念だ。外交、安全保障面の偉大な実績と比べると、それは見劣りする。

強い政治基盤を持つ安倍政権でさえ、日本の諸問題の改革に手をつけなかった。安倍氏でさえ無理なのだから、日本の政治は抱える問題を今後も解決できないだろう。それに懸念を感じてしまう。

ジャーナリスト。経済・環境問題を中心に執筆活動を行う。時事通信社、経済誌副編集長、アゴラ研究所のGEPR(グローバル・エナジー・ポリシー・リサーチ)の運営などを経て、ジャーナリストとして活動。経済情報サイト「with ENERGY」を運営。著書に「京都議定書は実現できるのか」(平凡社)、「気分のエコでは救えない」(日刊工業新聞社)など。記者と雑誌経営の経験から、企業の広報・コンサルティング、講演活動も行う。