中国共産党(中共)の全国人民代表大会と中国人民政治協商会議(両会)が北京で開催されている。3月8日午前の主な日程は、王毅外相による記者会見だった。3年前の両会では、新任外相だった秦剛が中外記者会見を開いていたが、最新の情報によると、秦剛は副部級に降格され、早期退職したとされる。
香港紙「明報」は3月8日、秦剛が昨年10月、北京国際音楽祭に姿を現したとの情報があると報じた。また翌月には、香港から北京を訪れていた香港人が、王府井の書店で秦剛を「偶然見かけた」という。その香港人は「確かに秦剛だった。キャップをかぶり、こめかみの髪はすでに白くなっていた」と語り、声をかけようとしたところ、秦剛は足早に立ち去った。
同紙は関係者の話として、秦剛は国家指導者級から副部級に降格され、早期退職したと報じた。「問題は『プライベート(男女関係)の問題』だったが、極めて悪い影響を及ぼした」とされる。
昨年10月9日には、独立系の時事評論家、蔡慎坤氏がXで、秦剛が副部級待遇で退職したと投稿した。さらに同氏によると、前年9月27日、元駐EU大使の関呈遠の追悼式が自宅で行われた。華春瑩が出席し、習近平と蔡奇からの弔意を伝えたという。その際、秦剛のことに言及し、政治問題や汚職問題は確認されておらず、傅暁田との感情的なもつれに過ぎない」と説明し、秦剛は無事に引退したと述べたという。
1966年生まれの秦剛は、中共の外交部門で30年以上勤務してきた。2005年と2011年に外交部報道官を務め、2021年7月には駐米大使に就任。2022年10月の中共第20回党大会で中央委員に選出され、2023年1月に外相に就任した。同年3月には副国級に当たる国務委員に昇格し、中国政界で最も若い「党と国家の指導者」の一人となった。
秦剛は外相就任後、わずか3か月で2段階の昇進を果たしたが、これは中共政界でも極めて異例とされる。外部では、習近平の特別な信任によるものとの見方が多い。これに対し、現外交部長の王毅は外相を5年間務めた後に国務委員へ昇格している。
しかし秦剛は2023年6月25日以降、公の場から姿を消し、約1か月にわたり行方不明の状態となった。その後、7月25日に外相を解任され、中共史上最も在任期間の短い外相となり、国際社会の大きな注目を集めた。
2024年7月18日には、中共官製メディアが「中共第20期中央委員会第3回全体会議公報」を発表し、公報の最後で秦剛の中央委員の職務を免じる決定が明らかにされた。ただし、秦剛に対する「同志」の呼称は維持された。
秦剛の失脚の理由についてはさまざまな憶測があり、駐米大使時代の不倫関係などが取り沙汰されている。その急速な失脚は、習近平の人事や外交戦略にとって大きな打撃だとの見方もある。また、失脚後の秦剛の動向は長く謎とされてきた。
中国問題専門家である王赫氏は、中共はブラックボックス政治を行なっているため、外部からは表に出た情報を基に内部の動きを推測するしかないと指摘する。習近平の就任以降、中共の外交部門の重要性は高まっており、秦剛が最年少の副国級指導者として急速に昇進した背景には、習近平の信任がなければ考えられないという。
王氏は「秦剛が大きな処分を受けることなく退いた理由の一つは、問題がそれほど重大ではなかった可能性がある。また、習近平が一定の余地を残しており、まだ完全に見限る段階には至っていない可能性もある」と分析する。「外交部門は非常に特殊であり、習近平にとって信頼できる人が乏しいため、大規模な粛清を行うことも容易ではない」と指摘した。
さらに王氏は、秦剛の失脚には外交部門内部の権力闘争が影響している可能性があるとし、「習近平も対応に慎重にならざるを得ない。外交部門を巡って、習近平は対応に苦慮し、引き下がることも難しい状況にある」と述べた。
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