THE EPOCH TIMES

大地震(おほなゐ)の国  「不安」に踊らされるな

2011年03月17日 08時27分
 【大紀元日本3月17日】

 「壊滅」した安全神話

 16日現在、犠牲者数は行方不明者も合わせて1万3千人を超えた。

 阪神淡路大震災の時もそうだったが、災害発生後、懸命の救助活動が続く一方、被害の実態が明らかになるにつれて、日に日に、犠牲者の数がはねあがっていくのだ。

 なにしろ被災地が広範囲であるため、犠牲者数が一体どこまで上るのか見当もつかない。津波に破壊された沿岸部の惨状ばかり伝えられるが、内陸部や山間部にも被害は出ているはずで、その実態がまだ見えず、救援の手も及ばないのがもどかしい。

 地震の強さを示すマグニチュードが、当初の8・8から9・0に修正された。専門家によると、0・2の上方修正は地震のエネルギーで比較すれば修正前の約30倍にも相当するそうだ。

 海岸に押し寄せた津波は、高さ10メートルの「スーパー堤防」を易々と越える、15メートルに達していたとも言われる。

 その威力を見せつけたのか、まるでケーキの上に果実を飾るように、3階建のビルの屋上に乗用車が突き立てられていた。また別のビルの屋上には、かなり大きな「船」が浮かんでいた。悪い夢を見ているようだ。

 当然ながら、リアス式海岸地形における津波の危険性は、地元住民にも認知されていた。 

 その対策として、頼もしい名前がついた国内最大規模の防潮堤が設置されたのであり、非常時は高台へ逃げるという基本的な心構えは当然としても、家屋はその防潮堤が守ってくれるだろうと多くの住民は思っていた。しかし、それらは無力だった。入り江の数、浜の数と同じ数の町や集落が「壊滅」したのだ。

 「不安」という第二波

 「壊滅」という言葉を、この日本で、被災した方々の口から実際に聞くとは想像もしなかった。瓦礫と泥の広野には、その直前まで平穏な日常があったはずなのだ。

 その壊滅した被災地を次なる「震源」として、得体の知れない「不安」という目に見えぬ第二波が広がっている。

 この大災害に遭って、日本人はかくも冷静沈着で「助け合い精神」があるなどと海外のメディアに称賛されてはきたが、もはや喜ばぬがよい。

 実はこの「不安」という第二の地震波に、知らず知らずのうちに動揺をきたしているのが私たち日本人ではないのか。

 筆者のいる東京は、ほぼ平常に戻った。運行している電車が通常よりやや少ないなど多少の不便はあっても、その程度は被災地の厳しさとは比べ物にならない。

 にもかかわらず、人々は異常な行動をとっているのだ。消費者が米や即席めんなどの食品を買いに走ったため、商店の棚から売り物がなくなっている。

 ガソリンの供給が悪くなっていることなどにより、商品の流通が遅くなっているのは事実である。しかし、それは地震の影響で石油精製プラントが一時的に機能低下していることと、被災地へ優先的に燃料を回しているためであり、それもまもなく復旧すると伝えられているではないか。

 自家用の食料と燃料を確保して安心したい心理は分からぬでもないが、もう少し落ち着いてはいかがだろう。このままでは被災地への思いやりである「利他」を忘れて、全て「利己」に走ってしまいかねないのだ。

 花粉症用のマスクも、まとめて売れたという。テレビの報道番組にゲストで出ている専門家の提言で、マスクが放射能よけの一助となるらしいのだが、ここまでくると被災地の人には申し訳ないほどの笑い話であろう。

 同じ理由で、ヨード入りの咳止め薬も大量に売れたらしいが、こちらはネット上に流れた全く根拠のない噂だそうで、そんなものをやたらに飲めばかえって健康を害するそうだ。

 目に見えぬ「不安」に多くの人が踊らされている。それに気づかぬことのほうが、地震や放射能よりもよほど恐ろしいではないか。

 必要性という現実を否定するつもりはない。

 ただ言いたいのは、自分の「不安」に自分が踊らされるなということだけだ。

(牧)


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