チベット土石流「5分前に危険把握」 当局の判断ミスで避難遅れか

2026/09/03
更新: 2026/09/03

中国とネパールの国境付近で発生した大規模な鉄砲水で、多数の死傷者が出た。中国共産党(中共)の緊急対応部門に近い関係者は、チベット当局は災害発生前に上流の異変を把握していたが、現地当局者は2025年に吉隆国境検問所で起きた洪水と似た状況だと判断し、警戒レベルを引き上げず、速やかな報告もしなかったと明かした。

官製メディア新華社によると、土石流によって約0.7平方キロの範囲が被災し、建物や付属施設27か所が破壊された。標高約5200メートルの氷河地帯から崩落した氷塊は土砂などを巻き込み、約7分で22キロを流れ下り、標高約1800メートルの吉隆国境検問所に到達した。平均速度は秒速約50メートルに達し、現地にいた人々にはほとんど避難する時間がなかった。

当局者が危険を過小評価 事前の警戒体制が機能せず

中共内部の事情に詳しい周さんによると、ネパール側から土石流が口岸に流れ込んだ後になって、チベット側は中央政府に報告した。その時には、すでに避難は間に合わなかった。

周さんは「災害発生時の記録を見ると、チベット側は土石流が口岸に到達する5分前には異変を把握し、吉隆方面に向かっていることも分かっていた。しかし、当局者は深刻な事態とは判断せず、その結果、数百人が土砂に埋まり、検問所の建物も飲み込まれた」と語った。

周さんによると、当時、現地の環境監視室では数人の職員が雑談をしていた。職員らは今回の異変を2025年の災害と同程度だと判断し、北京の関係部門に速やかに報告せず、避難も手配していなかったという。

「土石流が吉隆国境検問所に到達してから、ようやく上層部に報告した。その時にはもう手遅れだった。今回は警報体制が機能しなかった。チベットでは必ず誰かが責任を問われるだろう」

中共当局が公表した災害分析によると、今回の災害はネパール領内にあるランタン・リルン峰北斜面の氷河崩壊から始まった。数千万立方メートルの氷塊が高所から崩れ落ち、谷筋に堆積していた氷河堆積物を巻き込みながら高速の岩屑流(がんせつ‐りゅう 岩石 の 破片 、 土壌 、泥などが 空気 と混合して一気に 斜面 を流れ下る 現象)となり、その後、巨石や土砂、氷塊を伴う土石流へと発達した。

一方、災害発生直前の数分間に、監視システムが何を捉え、どのような警報対応を取ったのかについて、ほとんど説明していない。

甘粛省の地質専門家、陳氏は記者に対し、「高所で起きる氷河崩壊と氷河湖決壊は、いずれも洪水や土石流を引き起こす可能性があるが、発生の仕組み、速度、破壊力は異なる。監視部門が上流の異常を確認した時点で、まず最高レベルの警戒態勢を取り、できるだけ早く下流の人々を避難させたうえで、災害規模を判断すべきだった」と述べた。

さらに、「地方当局の対応はずさんで、前回の災害の経験だけで新たな危険に対処した。災害が起きるたびに同じことを繰り返している。これだけ多くの人が土砂に埋まった背景には、人為的な要因がある」と批判した。

陳氏は怒りをあらわにし、少し前に広西チワン族自治区で起きた洪水でも同様の問題があったと指摘した。ダムの放流や決壊についても住民に知らせなかったという。

「知らせるとしても数時間後だ。その頃には災害はもう起きている。そんな通知に何の意味があるんだ」

警報体制の不備には触れず 報告遅れの責任が焦点に

中共当局によると、自然資源部が地質災害に対する2級緊急対応を発動したのは、災害発生から約4時間半後だった。

災害後に当局が公表した衛星画像からは、氷河崩壊の発生地点や土石流の流路を確認できる。しかし、災害前に監視システムがどのような異常を捉えていたのかについては説明していない。また、2025年の洪水後に検問所の立地を再評価したのか、避難計画を見直したのか、中国とネパールの間に越境警戒・通報体制を構築したのかについても明らかにしていない。

2025年7月8日には、同じ谷で氷河湖の決壊による洪水が発生した。洪水はチベットの吉隆国境検問所とネパールのラスワガディ国境検問所を結ぶ中国・ネパール友誼橋を流失させた。中国側では11人が行方不明となり、約350人が避難した。ネパール側の発表では、少なくとも9人が死亡、19人が行方不明となり、行方不明者には中国人作業員6人も含まれていた。

これについて、90歳の王教授は、前回の洪水後、チベット当局がどのような警戒・避難対策を講じたのか、現在まで十分な説明がないと指摘した。

「今回の災害も同じだ。教訓を生かしていない。この体制上の問題を解決しなければ、また同じことが起きる」

首相も現地入り 外国人261人が行方不明

災害発生後、習近平は8月26日に指示を出し、李強首相も同時に指示を出した。中共は当初、張国清副首相が関係部門の担当者を率いてチベット入りし、救援活動を指揮すると発表していた。しかし27日午後には、李強が「習近平の委託を受けた」として吉隆に到着した。被災地視察は、わずか1日で副首相から首相へと格上げされた。

中国の政治学者、黄康年氏(仮名)は、張国清がすでに現地入りを命じられていたにもかかわらず、翌日に李強までチベット入りしたことについて、実際の被害が地方当局の当初の報告より深刻だった可能性を示していると指摘した。

「当局は、副首相だけでは犠牲者の遺族の不満を招き、チベット住民の当局に対する怒りが強まることを懸念し、李強を被災地に派遣して慰問させたのだろう」

一方、中共が公表した行方不明者には外国人261人も含まれており、チベット当局だけでは対応できない事態となった。

中共内部の事情に詳しい邵さんによると、中共指導部が現地対応に直接乗り出した背景には、外国の駐中国大使館から、自国の旅行者の安否について問い合わせが相次いだこともあるという。

「200人を超える外国人は20か国以上の出身で、特にアメリカ人18人が行方不明になっている。アメリカやカナダの大使館から自国民について問い合わせが入れば、中共も当然、説明しなければならない」

8月31日、中共中央政治局は会議を開き、吉隆の土石流災害に対する救援活動について協議した。

中共官製メディアの報道によると、政治局会議ではチベット当局者による報告の遅れには触れず、上流の異変をいつ把握したのかについても説明しなかった。