韓国・釜山で開催中の国連教育科学文化機関(ユネスコ)第48回世界遺産委員会は、7月26日、日本が推薦していた「飛鳥・藤原の宮都(奈良県橿原市、桜井市、明日香村)」の世界遺産一覧表への記載を決定した。
西暦592年、推古帝が飛鳥の豊浦宮で即位してから、都が藤原京から平城京へ遷る710年までの約120年間は飛鳥時代と呼ばれ、遣隋使の派遣、憲法十七条の制定、乙巳の変、大化の改新、壬申の乱、大宝律令の発布などを経て、日本という国家が形づくられた。
舒明帝以降、宮殿は飛鳥宮(現・明日香村)に継続して営まれ、律令国家制度の整備にあわせて官衙が増設された。588年に造営が始まった飛鳥寺をはじめ、橘寺、山田寺、川原寺など多くの寺院が建立され、瓦葺礎石建物という新技術が導入された。
同時に古墳も築かれ、巨大な前方後円墳から方墳、八角墳へと形式が変化し、高松塚古墳やキトラ古墳には壁画が描かれている。
694年、飛鳥宮から藤原宮への遷宮が行われた。藤原宮は大和三山のほぼ中央に位置し、高さ5.5メートルの大垣が約900メートル四方の宮城を囲み、内裏・大極殿・朝堂院が置かれた。それまでの飛鳥の宮殿はすべて掘立柱建築であったが、藤原宮では宮殿建築として初めて中国風の瓦葺礎石建築が採用された。
周囲には一辺5.3キロメートル四方に及ぶ条坊制の都城・藤原京が広がり、大官大寺や本薬師寺といった国家寺院も配置された。701年には「文物の儀、是に備れり」と宣言され、新たな都で国の仕組みが整ったことが示された。
地元では、世界遺産登録に向けて企業・団体・自治体による支援活動が続けられてきた。橿原市・桜井市・明日香村は協働で世界遺産学習副読本を作成し、2025年11月からは3市村内の小学校へ配布した。
また近畿日本鉄道は記念入場券を発売し、奈良県中南和地域のコミュニティラジオ局は登録応援番組を放送するなど、ボランティア活動や普及啓発の取り組みが積み重ねられてきたという。
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