産経新聞の元北京特派員でジャーナリストの古森義久氏が17日、日本ウイグル協会主催で、東京都文京区民センターで、中国共産党(中共)政権によるウイグル人への人権弾圧と米国の対中政策について講演した。
講演では米議会による人権侵害への監視や経済制裁の動向を紹介し、ワシントンと北京での取材経験を踏まえ、日本の外交政策や報道機関の課題を指摘した。
講演会の冒頭、日本ウイグル協会は、中共政権による人権侵害の実態を国際社会に伝える上で、被害当事者の証言に加え、安全保障の専門家やジャーナリストとの連携が重要だと説明。
日本の国会や主要報道機関では、ウイグル問題を継続的に取り上げる機会が限られており、政府や各政党がこの問題をどのように位置づけているのか、国民に十分伝わっていないとの認識を示した。
来賓として出席したダライ・ラマ法王日本代表部事務所の新代表、ロサン氏は、中共政権によるチベット、ウイグル、南モンゴルへの同化政策に懸念を表明した。
ロサン氏は、中共政権が進める「民族団結進歩促進法」について、各民族の言語や宗教、文化的な独自性を損なうものだと批判した。その上で、チベット人、ウイグル人、南モンゴル人が連携し、国際社会に共同で問題を訴える必要性を強調した。
米議会の超党派委員会、中国の人権侵害を監視
古森氏は、米国の対中政策を説明する中で、米議会の「中国に関する議会・政府委員会(CECC)」の活動を取り上げた。
CECCは、上下両院の超党派議員と行政府の代表で構成され、中国の人権状況や法制度、社会動向を調査し、政府への勧告などを行う機関だ。古森氏は、米議会が人権問題を国家安全保障や経済政策と結びつけ、対中制裁や法整備を進めていると説明した。
CECCの共同議長であるクリス・スミス下院議員は、中共政権による人権侵害を長年追及してきた人物である。もう一人の共同議長であるダン・サリバン上院議員は、米海兵隊大佐としての軍事経験を持ち、マルコ・ルビオ氏の後任として委員会の指導部に加わった。
古森氏は、中共政権から制裁を受けた米国や日本の政治家の事例にも言及した。米下院外交委員長を務めたマイク・マコール氏や日本の古屋圭司衆院議員らは、中共政権側から入国禁止などの制裁を科されている。
米国の一部議員には、こうした制裁を人権問題に取り組んできた証しとして受け止める姿勢があり、党派を超えた対中警戒感の強さを示しているという。
また、古森氏は、東京電力福島第一原発の処理水海洋放出に伴い、中共政権が日本産水産物の輸入を全面的に禁止した際の米議会の対応を紹介した。
米下院外交委員会と在米日本大使館は連携し、米議会内で日本産のすしを提供する催しを開催した。マコール氏をはじめ40人以上の超党派議員が参加し、中国による経済的圧力に反対するとともに、日米同盟の結束を示した。
古森氏は、この事例を通じ、米議会が人権問題だけでなく、同盟国に対する経済的威圧にも具体的な連帯行動で対応していると説明した。
ウイグル人活動家、ルシャン・アバス氏の証言
講演では、CECCの公聴会で証言したウイグル人活動家、ルシャン・アバス氏の事例も紹介された。
アバス氏は2018年、ワシントンのハドソン研究所で中共政権によるウイグル人弾圧を告発する講演を行った。そのわずか5日後、新疆ウイグル自治区に住んでいた当時63歳の妹、グルシャン・アバス氏が中共当局に連行された。
元医師である妹は、その後、懲役20年の判決を受けた。アバス氏は、妹の拘束を自身の言論活動に対する中共政権の報復だと訴えている。
アバス氏は公聴会で、ウイグル人女性への強制不妊手術や人工妊娠中絶の強要、男性への不妊手術、強制収容施設での思想教育や宗教活動の制限などについて証言した。
さらに、約100万人のウイグル人児童が親から引き離され、国営の寄宿施設などで中共の思想に基づく教育を受けさせられていると指摘した。
ウイグル人女性と漢民族男性との結婚を事実上強制する政策にも言及し、中共政権が出生率の抑制や言語・宗教の制限を通じ、ウイグル民族の文化的、宗教的な独自性を失わせようとしていると批判した。
「民族団結進歩促進法」の国外適用に懸念
講演で取り上げられたもう一つの問題が、中共の「民族団結進歩促進法」である。
同法は、中共の指導の下で民族間の団結を推進するもので、講演では、少数民族固有の宗教や言語、歴史的な価値観を制限する法的根拠になり得るとの懸念が示された。
特に問題視されたのは、中国国外に居住する人物にも適用できるとする国外適用条項である。
講演では、この規定によって、日本や米国に居住するウイグル人だけでなく、中共政権による人権侵害を批判する外国の活動家、研究者、ジャーナリストも摘発の対象とされる可能性があると指摘された。
こうした国境を越えた弾圧は「越境弾圧」と呼ばれ、中国国内の人権問題が他国の言論や研究活動にも影響を及ぼすことへの警戒が必要だとされた。
また、古森氏は、新疆ウイグル自治区の党委員会書記を務めた陳全国の事例を紹介した。
陳全国は、それ以前にチベット自治区で監視や統制を強化した経験を持ち、新疆ウイグル自治区では高度な監視技術と収容施設を組み合わせた政策を進めた人物として知られる。
米国政府は、こうした人権侵害への関与を理由に、陳全国に対して資産凍結や入国禁止を伴う制裁を科した。
さらに講演では、中共が宗教団体や精神運動を警戒する背景として、1999年4月に北京の中南海周辺に約1万人の法輪功学習者が集まり、平和的な陳情を行った出来事にも言及した。
法輪功情報センターによると、法輪功は1992年に李洪志氏によって伝えだされた佛家修煉法であり、真(正しい事)・善(慈悲であること)・忍(苦しみに耐えること)という宇宙の特性に従って、自らを修めるというもので、道徳も向上し高い健康保持と病気治療効果があるということで爆発的な人気を博し、1999年までには愛好者が少なくとも7千万人いたと言われている。
しかし4月の平和的な陳情にもかかわらず、当時の中共党首・江沢民は法輪功に対し、1999年7月20日、徹底的な弾圧を始めた。
理由として、中国共産党員の数を超える勢いで増加する法輪功に対し、嫉妬を覚えたとされており、弾圧は今も続いている。
古森氏は、共産党の統制下にない独自の組織力を持つ団体への警戒感が、宗教活動や思想に対する厳しい管理につながっているとの見方を示した。
ウイグル強制労働防止法、企業の調達網にも影響
米国の対中制裁については、「ウイグル強制労働防止法(UFLPA)」の仕組みと、国際的なサプライチェーンへの影響が取り上げられた。
同法は、トランプ第1期政権下で枠組みが提案され、バイデン政権下で成立・施行された。
新疆ウイグル自治区で全部または一部が生産された物品や、強制労働に関与したとされる企業が製造に携わった製品について、強制労働によって生産されたものと推定し、原則として米国への輸入を禁止する仕組みである。
輸入を認めてもらうためには、企業側が強制労働による製品ではないことを明確に証明する必要がある。
講演では、CECCを中心に、強制労働に関連する原材料や部品を使用する第三国企業に対しても、規制や制裁の対象を広げようとする動きが紹介された。
これは、中国企業と直接取引する企業だけでなく、その取引先や、さらに下流の企業にも影響が及ぶ可能性を意味する。
日本や欧州の企業にとっても、中国から調達する原材料や部品の生産過程を把握し、人権侵害への関与がないか確認する必要性が高まっていると説明された。
米国の対中政策、「関与」から「抑止」へ
古森氏は、米国の対中政策が長年の「関与政策」から「抑止政策」へ転換した経緯についても解説した。
米国の歴代政権は、中国との経済関係を深め、経済発展を支援することで、中国社会の自由化や民主化を促すという考え方を採用してきた。
日本も政府開発援助(ODA)などを通じ、中国の経済発展を支援してきた。
しかし、中国は経済成長を遂げる一方、共産党による一党支配を維持し、監視技術を活用した社会統制を強化した。
古森氏は、習近平政権が国家主席の任期制限を撤廃したことを、米国の対中認識を変化させた重要な出来事として挙げている。
2018年には、当時のマイク・ペンス副大統領が一連の演説で中国の政治、経済、軍事政策を厳しく批判し、米国の対中姿勢の転換を明確にした。
また新型コロナウイルスの感染拡大初期、中共当局は、感染拡大に警鐘を鳴らした李文亮医師らを抑圧し、感染初期に情報を約50日間隠蔽するなど、感染情報を公開しなかった。この事により、米国は多くの死者を出すことになり、この事が米国の対中不信を強める要因になったと述べた。
安全保障面では、中国による台湾への軍事的圧力の強化、極超音速ミサイルの開発・配備、人工衛星を破壊する兵器の実験などが紹介された。
古森氏は、こうした軍事力の拡張が米国の安全保障上の懸念を高め、共和・民主両党に共通する対中警戒姿勢を形成する要因になっていると説明した。
北京特派員時代の取材経験、反日教育と情報統制を指摘
古森氏は、産経新聞の北京特派員として取材した経験も振り返った。
同紙は、中共政権から台湾支局の閉鎖を北京への記者常駐の条件として求められたものの、これを拒否し続けた。その結果、31年間にわたって北京への特派員常駐が認められなかった。
1998年、中国側が台湾支局の存続を認める形で記者交換が再開され、古森氏は第一陣の北京特派員として赴任した。
現地で特に印象に残ったこととして、古森氏は中国の学校教育における反日教育、日本のODAに関する情報の扱い、軍事取材に対する当局の圧力の3点を挙げた。
反日教育については、小学校から高校までの教科書や教育課程を通じ、日本に対する否定的な認識が形成されていると指摘した。
また、日本が中国に長年供与してきた数兆円規模のODAについて、中国国内で日本の貢献が十分に知らされていない実態を紹介した。
北京首都国際空港のターミナル建設など、日本の支援による事業があったにもかかわらず、中国の一般市民にはその事実がほとんど伝わっていなかったという。
古森氏は、中共政権の対外的な説明と国内の実態を区別して理解することの重要性を指摘した。
日本の人権外交と報道の在り方にも言及
講演の終盤では、中共の対中政策と比較しながら、日本の政治、外交、報道の在り方が議論された。
米議会では、中共政権による人権侵害に関与した個人や組織に対して制裁を科す法律が整備され、議員が超党派で立法を推進している。
一方、日本では中国側の反発や経済的影響への配慮から、人権侵害への対応が慎重になりがちだとの見方が示された。
具体的な課題として、人権侵害の責任者に資産凍結や入国禁止などの制裁を科す「日本版マグニツキー法」の制定や、企業のサプライチェーンから人権侵害に関連する製品を排除するための法整備が挙げられた。
報道機関についても、中国の軍事力拡張や人権侵害を継続的に取材し、中共政権による情報統制や外交的圧力に左右されない報道姿勢を維持する必要性が指摘された。
今回の講演では、ウイグル人権問題を中国国内の少数民族政策だけでなく、米国の対中戦略、国際的な経済制裁、サプライチェーン規制、越境弾圧と結びつけて捉える視点が示された。
古森氏は、日本も人権問題を外交・安全保障政策の重要な課題として位置づけ、独自の対応を進める必要があるとの認識を示した。
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