論説
労働者の日(レイバー・デイ)が過ぎたばかりの今こそ、尊厳ある労働を説いた偉大な使徒を思い起こすべき時である。その使徒とは、奴隷として生まれ、1900年までには世界でおそらく最も有名なアメリカ人となった人物、ブッカー・T・ワシントンである。彼の生涯は『奴隷より立ち上がりて(Up from Slavery)』に記されており、今なお高校のアメリカ史や文学の授業で課題図書として扱われているが、それは当然のことだ。彼のメッセージは、かつてないほど今まさに求められている。
名声を得て各地を旅しながらも、ワシントンは人生の大半を教育に捧げた。1876年にレコンストラクション(南部再建期)が終焉を迎えた後、彼はある教育構想を考案した。それは、黒人の進歩を妨げ、公共サービスや公共空間への平等なアクセスを拒む「ジム・クロウ法」が存在する中にあっても、解放された黒人とその子どもたちが、生産的な市民として誇り高く幸福な人生を歩み、アメリカ社会へと加わっていけるようにするための計画であった。当時の南部は、白人と黒人に分断されているだけでなく、白人社会の内部でも没落しつつあるプランテーション貴族、商人階級、労働者階級、そして「プア・ホワイト(貧困白人層)」へと細分化されたカースト社会であった。そのような中で、黒人はいかにして生活を築くための現実的な足場を見出すべきだったのか。
黒人の知識人、牧師、ジャーナリスト、教員らは、いかに対処すべきかを熟考した。どのような手法が黒人の地位向上を最も後押しするのか。ワシントンの出した答えは、世紀の変わり目とその後の時代において最も影響力を持つものとなった。彼は社会的・政治的不平等を誰よりも認識し、それをひどく嫌悪していた。しかし、政治的な扇動は何の解決にもならず、白人の敵意と黒人の恨みを煽るだけだと主張した。そればかりか、政治活動が成功するのは、活動家たちにその取り組みを後押しする経済的影響力がある場合だけだと理解していたのである。黒人が白人にとって経済的に有用な存在――あるいは、経済的になくてはならない存在――になって初めて、黒人は政治的権力を獲得し、それを十全に行使できるようになると考えたのだ。
その目的のために、ワシントンはタスキーギ研究所での教育、新聞の論説やコラム、ホワイトハウスでのセオドア・ルーズベルト大統領をはじめとする要人との会談、そして1895年の有名な「アトランタの妥協」などの演説を通じて、30年間にわたりプロテスタントの労働倫理を説き続けた。その構想は、直接的な政治闘争ではなく、黒人のための生き方の指針に行き着いた。勤勉に働き、職能(大工や樽職人など)を身につけ、家を小ぎれいに保ち、倹約し、教会に通い、飲酒や無為な徘徊、消費主義を避けることである。そうすれば、白人も気付いて雇用を増やし、賃金を払うようになる、と彼は請け合った。人前で行儀よく振る舞う白人を見るのと同じように、白人は身なりが良く礼儀正しい黒人の姿を目にするようになる。手入れの行き届いた資産は、不動産の価値をも引き上げるだろう。白人は依然として黒人を見下すかもしれないが、自らの利益のために黒人を雇い、友人関係すら築くようになる。頑丈で美しいフェンスを作る職人がいれば、フェンスを必要とする誰もがその職人を求め、施工する者の肌の色など気に留めなくなるのだ。
これがワシントンの信念であった。人種的な反感は残るかもしれないが、経済的な利益がそれを乗り越える。白人は黒人から利益を得て、黒人もまた利益を得る。繁栄する黒人が増えれば増えるほど、究極の目標である政治的権力の獲得へと近づいていくのである。
しかし、ワシントンが労働倫理を広めようと乗り出したとき、予期せぬ問題に直面した。それは白人からではなく、黒人自身から生じたものであった。奴隷制は、あらゆる苦難をもたらしただけでなく、奴隷にされた人々の心に恐ろしい考えを植え付けていた。労働そのものが屈辱であり、奴隷状態と労働は人間性を奪う仕組みの中で不可分である、という考えである。ワシントンは黒人コミュニティを巡回し、老若男女と語り合う中で、この歪んだ信念が口にされるのをしばしば耳にした。したがって、最初の指導は労働に対する心構えを植え付けることであった。タスキーギでは、生徒たちは古典を読み、レンガの作り方を学んだ。数学を学び、菜園や厨房で汗を流した。彼は『ビジネスにおける黒人(The Negro in Business)』という本を著し、繁栄する企業を立ち上げ経営した成功した黒人たちを紹介して、勤勉な働きと賢明な投資がもたらす成果を証明した。ワシントンにとっては、アトランタで大工としてつつましく生きる青年も、成功した黒人起業家たちも、自らの労働によって得られる尊厳においてはまったく対等で高貴な存在であった。
今日ワシントンの言葉を読むことは、21世紀のアメリカの若者が聞くべき教訓に向き合うことである。彼は「アメリカン・ウェイ」の真の信奉者であり、自由企業体制の揺るぎない支持者であり、熱心な愛国者であった。若者たちに対し、勤勉に働き、私生活において正しい道を歩み続ければ、必ず向上できると語りかけた。人種的な偏見の現実も、彼の確信を鈍らせることはなかった。
彼は、アメリカ史や公民の授業で生徒たちが耳にする否定的な風潮に対する、確かな解毒剤となる存在である。それらの授業では、過去や現在の差別、搾取、征服、帝国主義ばかりが強調されがちだ。カリキュラムは、これから足を踏み入れる広い世界が不公正で理不尽であり、古き良き美徳が報われない場所であると教えている。ミレニアル世代やZ世代の間で悲観主義や社会的不信が蔓延している理由の一つはここにある。これは若者にとって酷な教えであり、疑念と絶望を生む公式にすぎない。ワシントンの言葉は大きな励みとなる。最近、テキサス州教育委員会は、すべての公立学校の生徒が学ぶべき推薦図書リストに『奴隷より立ち上がりて』を加えた。これは極めて素晴らしい決定である。

ご利用上の不明点は ヘルプセンター にお問い合わせください。