「証明責任」とメディアの信用

2006/03/27
更新: 2006/03/27

【大紀元日本3月27日】一般的に、証明責任(burden of proof)は、誰かが何かを主張した時、その人は証拠を挙げてこの主張を証明するべきだとする考え方だ。もし一方が他方を告発するのであれば、告発した側は証拠を提供してそれを実証する責任がある。しかし、現代文明社会において、情況によっては証明責任が逆になる場合もある。もし告発する側に状況証拠(circumstantial evidence)と 手がかりさえあれば告発することは可能であり、告発された側は必ず証拠を挙げて自分の潔白を証明しなければならない。もし証拠を挙げることができなければ、告発された側に罪があると認められる理由になる。

逆証明責任は通常被告側が証拠を所有し、独占している場合に適用される。例えば、医療事故の場合、患者に十分な医療知識と証拠がなくても、病院で医者にかかり、損傷を受けたならば、いくらでもその病院を告発することができる。病院は証拠を列挙して患者が受けた損傷に対し、自分達には責任がないことを証明しなければならない。また、米国証券監督管理委員会の株式市場に対する監督を例として挙げると、同委員会はある上場企業が違法行為を行ったという状況証拠さえあれば、その企業を告発できる。告発された会社は必ず証拠を提出し、自分は株取引に関して不正を行っておらず、株主の金銭をだまし取っていないことを証明しなければならない。 逆証明責任はこれらの情況下で道徳と正義に合致するのである。これは文明社会で権勢団体が弱者、例えば患者あるいは中小の株式投資家に対し損害を与え、略奪することを防止するためである。中共のように暴政を敷き、情報を封鎖する政権には、逆証明責任が道義上、発生することは言うまでもない。 法輪功関連サイト「明慧ネット」は、蘇家屯にある大型秘密刑務所の存在を暴露し、迅速に、そしてありのままに、証人の証言を報道した。これは紛れもなく強力な状況証拠と言えるだろう。従って、証拠提供の責任はすでに、明慧ネットに属するものではない。もし読者が写真、あるいは実物のような直接的な証拠を求めるのならば、これは明慧ネットにではなく、中共政権に要求すべきである。中共がすべての証拠資料を占有し、極力事実を覆い隠し、情報を封鎖し、ややもすれば「国家機密漏洩罪」で国外に情報を提供した人に危害を加える。このような情況下で、明慧ネットに証明責任を負わせるのは理性的ではない。 明慧ネットは自分たちの信用を信条とし、掲載する情報の事実確認に最善を尽くしている。今回、蘇家屯事件を暴露した証人は未だたくさんの人たちが危険に曝されていると指摘した。もし明慧ネットが確実な物証を待ってから報道をするならば、危険に直面しているたくさんの人々は命を落とすかもしれない。

このような情況下で、明慧ネットはありのままに、迅速に証人の証言を報道すると同時に国際社会にただちにこの事件に対し、調査を行うよう要求しなければならなかったのである。これが、責任あるメディアのやり方である。 万が一この情報が完全に正確でなかったら、どうするのか?明慧ネットの信用に影響をもたらすのではないか?と聞く人もいるかもしれないが、私は逆にお聞きしたい。もしこの情報が完全に正確であったらどうするのか?もし明慧ネットがいわゆる自分の「信用」のために人を助ける時機を逃し、危険に置かれた人々が命を落としたらどうするのか?自分のいわゆる「信用」のために他人の生死を顧みない、このようなメディアは不道徳なメディアではないか?道徳のないメディアに、「信用」が云々できるのか? 明慧ネットを愛読している法輪功学習者たちとその支援者は、明慧ネットの信用が落ちるなどという心配をする必要はない。資源、人力ともに非常に限りのある明慧ネットは一貫して真善忍の原則に基づいてやってきた。いかなる権謀術数もなければ、いかなる売名行為もなく、単に良心に恥じるところがないことだけを求めてきた。人々はみな公正な道理をわきまえる正義感を持っているのだ。 人命にかかわる重大なことで、生きるか死ぬかの瀬戸際にある事件で、責任あるメディアは証拠を待って人を助ける時機を逃してはならない。第二次世界大戦当時、西洋のメディアと政府はナチス収容所の悲惨な実態を調査、報道する義務を怠った。今日、これらのメディアと政府は同様の犯罪を無視している。私達には彼らの良心を呼び覚ます責任がある。

関連特集: