インドとパキスタンの発火点、カシミール問題とは何か

2019/03/03
更新: 2019/03/03

[スリナガル 27日] – イスラム教徒が住民の多数を占め、ヒマラヤ山脈を望むカシミール地方は、1947年にイギリス領だったインドとパキスタンが分離独立を果たして以降、両国が領有権を争う対立の舞台となってきた。

2月14日、インドの支配地域で同国治安部隊を乗せたバスを狙った自爆攻撃が発生し、隊員少なくとも40人が死亡。パキスタンを拠点とする過激派組織ジェイシモハメドが犯行声明を出すと、インドは過激派の訓練施設とする拠点を26日に空爆した。

さらにパキスタンがインド空軍機を撃墜、地上軍も10カ所以上で交戦し、緊張が急速に高まっている。

風光明媚な山岳地帯のこの地域は、人口が多いカシミール渓谷沿いやジャンムーの街周辺のインド実効支配地域と、西側のパキスタン支配地域、そして中国が支配する北部の人口が少ない高地とに分割されている。

イスラム教を国教とするパキスタン、ヒンズー教徒が多数を占めるインド。両国が核実験に成功した1998年以降、世界で最も危険な発火点の1つとなったカシミール地方の問題を整理した。

<歴史>

インドとパキスタンが分離独立を果たした1947年8月の時点では、イスラム教徒が多数を占める他の地域と同様、カシミール地方もパキスタンに帰属することになると考えられていた。だがヒンズー教徒だった当時のカシミール藩王は独立を希望。しかし、パキスタンからイスラム教徒の部族が侵攻してきたため、同年10月にインドへの帰属を表明し、それと引き換えにインドに侵略者への対応を求めた。

<紛争>

1947年の分離独立後、インドとパキスタンは3度戦争をしているが、そのうち2度はカシミール地方の帰属を巡るものだった。2度目の戦争は1965年に起きている。3度目は、のちにバングラデシュとなった地域を巡り、1971年に勃発した。

<分割>

1972年に国連が監督する「管理ライン(LOC)」を境界とする停戦ラインが合意された。このLOCにより、カシミール地方はインド実効支配側とパキスタン実効支配側に分割されている。両軍はその後数十年にわたり、LOCをまたいでにらみ合いを続けてきた。

1999年にはLOC沿いに両軍が交戦し、これを「宣戦布告なき戦争」と呼ぶアナリストもいる。両軍は頻繁に銃弾を浴びせ合ってきたが、2003年の合意以降、停戦はおおむね守られてきた。

<反乱>

インドが実効支配するカシミール地域に住むイスラム教徒の多くは、インド政府の支配が高圧的だとして長年反発してきた。1989年には、イスラム教徒の武装勢力による分離抗争が始まった。パキスタンへの帰属を求める勢力もいれば、カシミール独立を訴える勢力もいた。

インドはこれに軍を派遣して対応。また、パキスタンがカシミールの自国支配側で分離派に武器や訓練を提供し、インド支配地域に送り込むなどして支援していると非難した。パキスタンは、カシミールの住民には政治的支援をしているだけだとして、これを否定した。

<インド実効支配地域>

インド最北のジャンムー・カシミール州として統治されている。冬(11─4月)の州都はジャンムーで、夏季(5─10月)はスリナガルが州都となる。

インド政府は、1947年に藩王がインドへの帰属に合意したことを根拠に、同州の全域がインドの不可分の領土だとしている。

<パキスタン実効支配地域>

アザド(自由)・カシミール地域と、1947年の分離独立前からカシミールの一部だった北部地域からなる。

パキスタンは、帰属問題を解決するために国連の委任による住民投票を行うべきだと主張している。カシミールの住人の多数が、パキスタンへの帰属を選ぶと計算してのことだ。

<中国の存在>

歴史的にはラダック地方の一部であるアクサイチンを実効支配している。

インドは、中国が3万8000平方キロの地域を占領したことを契機に、1962年にアクサイチンの帰属を巡って中国と戦争している。

<地理>

森に覆われた山々、渓谷を流れる青々とした川、ヤナギの木が生い茂る湖など、カシミールには目を見張るほど美しい地域がある。西側のヒマラヤ山脈に連なる部分はパキスタンに接し、北西はアフガニスタン、北東は中国、南はインドにぞれそれ接している。

<人口>

インド実効支配地域は1000万人、パキスタン支配地域は300万人以上いる。約7割がイスラム教徒で、残りはヒンズー教徒、シーク教徒、仏教徒である。

<面積>

約22万平方キロで、米国のユタ州よりやや大きく、英国とほぼ同じ大きさ。インドが南部と東部(全体の45%)を支配し、パキスタンが北部と西部(同約3分の1)、残りを中国が実効支配している。

<経済>

農業部門が経済の8割を占める。コメやトウモロコシ、リンゴやサフランなどが主産物。じゅうたんや木工製品、ウールや絹製品でも知られている。一時は観光も盛んだったが、インドとパキスタンの対立の直撃を受けた。

(翻訳:山口香子、編集:久保信博)

 

2月27日、イスラム教徒が住民の多数を占め、ヒマラヤ山脈を望むカシミール地方は、1947年にイギリス領だったインドとパキスタンが分離独立を果たして以降、両国が領有権を争う対立の舞台となってきた。写真は26日、ジャンムー付近でパキスタンとの境界を警戒するインド兵(2019年 ロイター/Mukesh Gupta)

 

 

2月27日、イスラム教徒が住民の多数を占め、ヒマラヤ山脈を望むカシミール地方は、1947年にイギリス領だったインドとパキスタンが分離独立を果たして以降、両国が領有権を争う対立の舞台となってきた。写真は26日、ジャンムー付近でパキスタンとの境界を警戒するインド兵(2019年 ロイター/Mukesh Gupta)

 

Reuters
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