大紀元時報
掛谷英紀コラム

意外にリベラルな戦前の教科書

2020年09月16日 10時54分
雪の上で眠るキツネ。2018年2月、宮城県白石市で撮影(GettyImages)
雪の上で眠るキツネ。2018年2月、宮城県白石市で撮影(GettyImages)

前回のコラムで『ごんぎつね』について取り上げた。最後にごんが見つかったのは自分が栗をあげていることを知って欲しくなったからで、最初はお詫びのつもりでも、次第に傲慢な気持ちになる人間の習性への戒めの話と解釈するのが順当ではないかとの私見を述べた。

これにはツイッター等でいくつか反論もいただいた。自分の善行が知って欲しくなったという解釈には無理があるという意見もあった。その中で、一つ貴重な指摘をいただいた。今教科書に載っている『ごんぎつね』は鈴木三重吉による修正が入っており、新美南吉による『権狐』の草稿が残っているというのである。その最後のシーンにはこう書かれている。

兵十は権狐に眼を落しました。
「権、お前だつたのか……、いつも栗をくれたのは――。」
権狐は、ぐつたりなつたまゝ、うれしくなりました。
兵十は、火縄銃をばつたり落しました。まだ青い煙が、銃口から細く出てゐました。

 この「うれしくなりました」という表現の存在は、自分の善行を知って欲しかったとの私の解釈を裏付けるものである。と同時に、戒めの話と解釈するのは無理があることも分かる。われわれは『ごんぎつね』を悲劇として教わる。そのため、私は銃で撃たれたシーンをマイナスに捉え過ぎていたのだ。でも、草稿を見ると、最後のシーンのイメージは大きく変わる。新美南吉の草稿から解釈すると、この作品が伝えたかったのは「寂しく生きるよりは認められて死ぬ方が幸せである」ということではないだろうか。そう考えると、今知られている『ごんぎつね』よりも、草稿の方が文学性が高いように私には思われる。

ごんぎつねが発表されたのは昭和7年である。新美南吉はその前年、尋常小学校の代用教員をしている。当時の国語教育がどのようなものだったか、興味がある人も少なくないだろう。

私は一時期、戦前の教科書を読むのにはまったことがある。きっかけは、津波に際して濱口梧陵がとった行動をモデルとした物語が、尋常小学校の国語科の教科書『小学国語読本』に、『稲むらの火』として掲載されていたことを知ったからである。それを聞いて、実際に原典をあたってみようと思った。村の老人五兵衛が、地震の大きな揺れの後、海辺の人が夕闇の中でも津波から逃げるべき方向が分かるように、大事な稲穂の束(稲むら)に火をつけたというのが、教科書に掲載された物語の内容である。

実際に戦前の教科書を手にするまで、戦前教育は軍国主義一色だったと私は思っていた。戦争直後、墨塗の教科書が使われたことは有名である。われわれは戦後教育で、戦前の教育は悪いものだったと徹底して教わる。しかし、実際に原典をあたってみると、印象は全く違っていた。

たしかに、軍人の話はいくつか登場する。しかし、軍国主義的な内容と解釈できるのは一割程度で、ほかは至って普通である。意外に多いのが、歴史ものや旅行記風の話、さらには科学者の発見・発明の物語である。国語科を通じて社会や理科の勉強もできるように工夫されている。読み物としての完成度は戦後の国語教科書よりも高いように思われる。

私は尋常小学校だけでなく、高等小学校の国語教科書も読んだことがある。高等小学校は、中学校(旧制中学)に進学しない子供たちが通った学校であるが、そのレベルは今の中学校の国語教科書よりも遥かにレベルが高い。戦前の日本人のリテラシーの高さを感じさせるものである。その一方で、数学や理科の戦前の入試問題を見ると、そのレベルは今より遥かに低い。このアンバランスは、戦前の日本が文系教育偏重だったことをうかがわせる。

『小学国語読本』に話を戻そう。『稲むらの火』が掲載されているのは第十巻で、小学五年生の後期に使われたものである。この第十巻には興味深い物語が多く掲載されている。その一つが『久田船長』である。

久田佐助は青函連絡船東海丸の船長であった。明治36年10月28日夜半、青森を出港した東海丸は、出港後嵐に見舞われ、ロシアの貨物船プログレス号に衝突された。久田船長は、乗員乗客全員を救命ボートに乗せたが、自らは救命ボートに乗らず、ただ一人沈みつつある船に残った。非常警笛を鳴らし続け、救助を求めるためである。久田船長が鳴らした非常警笛に気づいたプログレス号が衝突現場に戻ったことにより、久田船長の命と引き換えに、半数以上の乗客乗員の命が救われる結果となった。今を生きるわれわれにとっても、船長が真っ先に船から逃げ出した韓国のセウォル号沈没事故と対照を為す物語として興味深く読むことができる。

『小学国語読本』第十巻で、私が最も好きなのが『開票の日』という話である。その一節を紹介しよう。

「おとうさんも、山川さんに投票なさつたのでせう。」
「いや、それは言ふべきことではない。」
何でも教へてくれる父が、此の事になると、何時でもはねつけるやうにする。
父は少し改つた調子になつた。
「道雄。選挙といふものはね、これと思ふりつぱな人を自分できめて、自分で投票するものです。みだりに人に聞いたり、聞かれたり、いはんや人に頼まれたりしてはならないものです。そんな事をするやうでは、結局人情や欲に目がくらんで、ほんたうにりつぱな人物に投票するといふ精神に反することになる。これは大事なことだから、よく覚えておきなさい。」

この話で思い出すのが、私が子どもの頃、選挙で誰に投票したか親に聞いても教えてもらえなかったことである。これを読んだとき、親の世代はこういう教科書で勉強してきたからだと気づくことができた。

この話は、民主主義の健全化のために、今こそ教科書に載せるべき内容ではないだろうか。しかし、今これを教科書に載せようとすると、一部の政党が猛反対する姿が目に浮かぶ。そう考えると、ある部分では今よりも戦前の社会の方がリベラルな面があったのかもしれない。皆さんも機会があれば、昔に書かれたものを自分で直接読んでみることをお勧めする。こうした意外な発見に遭遇する楽しみを、きっと味わうことができるだろう。


執筆者:掛谷英紀

筑波大学システム情報系准教授。1993年東京大学理学部生物化学科卒業。1998年東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了。博士(工学)。通信総合研究所(現・情報通信研究機構)研究員を経て、現職。専門はメディア工学。特定非営利活動法人言論責任保証協会代表理事。著書に『学問とは何か』(大学教育出版)、『学者のウソ』(ソフトバンク新書)、『「先見力」の授業』(かんき出版)、『知ってますか?理系研究の"常識"』(森北出版)など。

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