アングル:海賊行為多発のナイジェリア沖、鍵は経済回復

2021/08/23
更新: 2021/08/23

[ラゴス 17日 ロイター] – 喧騒に満ちたナイジェリアのアパパ港。巡視船の上空をヘリコプターがホバリングし、戦闘艇がうなりを上げて通過する。ドックではナイジェリア国旗をペイントしたドローンが出動を待っている。いずれも、米国の支援を受けた1億9500万ドル(約214億円)規模のイニシアチブ「ディープブルー」によるものだ。船員たちにとって世界で最も危険な水域において、海賊による襲撃を阻止するための試みである。

西アフリカ約20カ国に接する大西洋上、235万平方キロ以上にわたって広がる水域は「海賊回廊(pirate alley)」と呼ばれる。東アフリカのソマリア沖での治安が改善されて以来、全世界の海上での拉致行為はほぼ全て、この水域で発生している。

ナイジェリア海事管理保安庁(NIMASA)のバシル・ジャモー長官によれば、「ディープブルー」によって第2四半期には海上での拉致行為を根絶することができたという。昨年は同水域における船員の拉致被害は過去最高の130人。世界のそれ以外の場所では5人だった。

だが、今年はすでに50人の拉致被害が記録されている。米海軍は訓練に協力し、欧州諸国の海軍も巡視を支援している。世界的に重要な原油供給国である地域への関心の高さがうかがわれる。

ジャモー長官は「船舶への脅威に対応しなければ、国際貿易全体が影響を受ける」と指摘した。

海軍もなく政府の能力も限られていたソマリアでは諸外国の海軍艦艇が海賊船に発砲し拿捕(だほ)することも可能だったが、ナイジェリアの広大な領海内では、武装を認められているのはナイジェリアの治安部隊だけである。

ジャモー長官は「ナイジェリアは(海賊対策の)先頭に立つつもりだ」と述べた。

ナイジェリア政府は新たに海上での実力を誇示しようとするが、足許のニジェール川デルタ地帯では貧困が広がっており、西アフリカ沿岸での海賊はほぼ全てこの地域の出身だ。

国際企業・国内企業が油田の採掘を進めるニジェール川デルタでは、汚染により、農業・水産業が不可能になっている。国際連合によれば約3000万人の国民の70%は1日の所得が1ドル以下で、それだけに海賊行為の魅力は大きい。

国連薬物犯罪事務所(UNDOC)の職員は、治安部隊の一部と海賊の癒着や、拉致行為の訴追例が乏しいことにも対処する必要があると述べた。

「原因となっているニジェール川デルタでの問題には手付かずのままだ」と語るのは、セキュリティー企業アフリカ・リスク・コンプライアンスのマックス・ウィリアムズ最高執行責任者(COO)。「海賊たちは相変わらず、武器と船舶、そして燃料を保有しており、船員を拉致している」

ナイジェリア海軍は今年、拉致などの犯罪者と癒着している治安関係者を根絶・処罰するための措置を強化するとしていた。

<数十億ドルの損失>

ナイジェリアでは以前から海賊行為が見られたが、拉致被害の件数・範囲は急拡大しており、沿岸から210カイリ離れていても、石油タンカー、コンテナ船、漁船はリスクにさらされている。

UNDOCによれば、2009年には身代金目当ての拉致は襲撃全体の15%にとどまっていた。だが2020年には拉致の方が貨物略奪よりも旨みが大きくなっており、ほぼ全ての襲撃が身代金目当てである。

また、複数の人質の解放に必要なコストは2016年から2020年にかけて約2倍、最高30万ドルにまで上昇しているという。UNDOCでは、ニジェール川デルタを根城とする海賊が昨年受け取った身代金は、正味400万ドルに上ると推定している。

ソマリアの海賊が2010年に1000人以上を拘束したことに比べれば地味な数字に見えるが、ナイジェリアの副大統領は、海賊による経済的損失は数十億ドルにも達しており、海上交通による輸入への依存が極端に大きい西アフリカ地域で急務となっている開発が滞っているとしている。

国際海運団体BIMCO(ボルチック国際海運協議会)で海事・サイバーセキュリティ部門を率いるヤコブ・P・ラーセン氏は、多くの船主がこの水域での航行を断固として拒否しているためにコストが上昇しているほか、船員も同水域での乗り組みを嫌がり、引き受けるとしても2倍の報酬を要求すると指摘した。

海賊らは拉致した船員をニジェール川デルタの入り組んだ沼沢地に拘束しており、マラリアや腸チフス、さらには競合する拉致組織からの襲撃というリスクもある。経済が停滞する中で、全国的に過去1年間、拉致・誘拐が急増している。

1月にはアゼルバイジャン出身の船員が拉致拘束中に死亡。他にも2020年には国籍未確認の2人が拘束中に病死した。

デンマーク、イタリア、ポルトガルの海軍が支援艦艇を派遣しているほか、今月初めには米海軍の巨大な機動揚陸プラットフォーム「ハーシェル・ウッディ・ウィリアムズ」が入港し、同水域の治安部隊による新たな取り締まり手段の訓練を支援している。

ロイターの取材に応じた艦長のチャド・グラハム大佐は、海賊問題の根底的な原因についての質問に対し、海賊は「陸側に端を発する問題」であると語ったが、同大佐もクレア・ピーランジェロ米国総領事も、昨年の新型コロナウイルスによる打撃から経済が回復すれば、拉致事件も減少するだろうと楽観的な見通しを述べた。

UNDOCでは、海賊の主要幹部の中には地域的に豊富な人脈を持ち、有力者との深い結びつきのある者もいると見ている。

民間武装警備員の同乗を認められていない船舶のために、海軍も護衛船などの追加的な護衛サービスを提供している。ラーセン氏によれば、これも不穏当な経済関係になっているという。「カネの流れが存在するので、利益相反が生じてしまっている」

NIMASAと海軍にコメントを求めたが、回答は得られなかった。

昨年、ロイズ・マーケット・アソシエーション(LMA)のアンダーライターを筆頭とする保険会社各社は、ギニア湾内における「最高リスク」評価の水域を拡大した。

LMAで海洋・航空部門を率いるニール・ロバーツ氏は、「ディープブルー」が進められているとはいえ、最高リスクという評価を変更する可能性は低いと話した。その理由として、ニジェール川デルタにおける社会不安と、「ナイジェリア経済の構造的な困窮」を挙げた。

「そうした原因が残っている限り、追加リスクも変わらない」とロバーツ氏は述べた。

(Libby George記者、翻訳:エァクレーレン)

Reuters
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