中露が仕掛ける二正面作戦 米国主導の国際秩序はすでに過去のものか

2023/08/07
更新: 2023/08/04

西部戦線でロシアが無謀な作戦を繰り広げるなか、中国共産党は東側で慎重に勢力拡大を図っている。西側諸国とロシアが共倒れし、権力の真空が生じれば、習近平氏と中国共産党は勝者として闊歩することができるのだ。

中国共産党が新たな帝国を築こうとしていることに、西側諸国はようやく気づき始めたようだ。

7月21日から始まった米豪主導の多国間軍事演習「タリスマン・セイバー」は参加国を増やし、日本とドイツの部隊も参加した。

米海軍のデル・トロ長官は「中国は今回の演習から重要なメッセージを受け取ったはずだ」と語った。「我々同盟国は核心的な価値観によって固く結ばれているのだ」

対中姿勢が最も軟弱な欧州首脳として知られるフランスのエマニュエル・マクロン大統領でさえ中国の脅威を口にしている。バヌアツで7月27日に演説した際、「新たな帝国主義が出現している。それは多くの国々の主権を脅かす新たな権力だ」と述べた。

「違法操業する外国漁船」や「発展を締め上げる多額の融資」に言及したことからもわかる通り、マクロン氏は明らかに中国の影響力増大を念頭に置いていた。

第一次世界大戦以降、欧米の帝国主義国家は植民地主義からの転換を始めた。そして、国際連盟や国際連合といった国際組織が率いる主権国家体制へと移行した。主権国家体制と自由貿易、民主主義を組み合わせることで、国際社会に平和をもたらすことができると考えられていた。

しかし、18世紀後半の哲学者イマヌエル・カントがそれらの崇高な理念を提唱したとき、ナチス・ドイツや今日の中露のような攻撃的な権威主義国家は未知の存在だった。そのような権威主義者こそ、民主主義国からなる現在の緩やか国際秩序を悪用しようと画策しているのだ。

NATOサミットに出席する各国首脳(Photo by ANDREW CABALLERO-REYNOLDS/POOL/AFP via Getty Images)

ロシアと中国にとって、カント主義や自由主義、自由貿易は目指すべき目標ではなく、悪用可能な弱点に他ならない。一方では、自国内で思想の自由や市民社会の多様性を制限することで独裁政治の安定を図りつつ、他方では敵対国において「弱点」となるようなそれらのイデオロギーを奨励している。

ウクライナ戦争では、それまで画一性に欠けていた自由主義陣営がクリミア・ドンバス地区からロシア軍を追放するという共通の目標を達成するため、北大西洋条約機構(NATO)を「復活」させ、防衛政策の再統合を図っている。この一連の動きに、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はさぞかし驚いたことだろう。

NATOはウクライナに対し経済的支援のみならず、前線の部隊が必要とする軍需物資の供給をも行うと決心している。しかし、これらの支援でもってしてもプーチン氏の「火遊び」を止めるに至っていない。プーチン氏は核兵器搭載可能な爆撃機を飛行させ、一部の核兵器をベラルーシに移動させている。

プーチン氏が核兵器をちらつかせながら、NATOに対して瀬戸際外交を行ったため、米国はひどく優柔不断になった。さらに、NATO軍の派遣や戦闘機の提供といった重要な判断に直面した際も、幾度となく無策に陥った。

ウクライナに寄り添えば事態をエスカレートさせる危険性がある一方、有効な対策を取れなければプーチン氏の勝利を許してしまう。西側諸国の「中途半端」な団結は、このような葛藤の産物だ。

ウクライナ戦争を通して一つのことが証明された。すなわち、ウクライナをNATOに加盟させず、ロシアとの緩衝国として利用するという従来の政策ではもはや平和を維持できないということだ。

今日、我々は核戦争という差し迫った脅威に直面している。第二次世界大戦後、西側の民主主義諸国は独自性を重んじるあまり、対決の最前線にあるウクライナや台湾といった存在を放置してきた。そしてそのツケを今払っているのかもしれない。

中国の儀仗隊による栄誉礼を受けるソロモン諸島のマナセ・ソガバレ首相(右) (Photo by ANDY WONG/POOL/AFP via Getty Images)

中国共産党の太平洋進出も油断ならない。

バヌアツは1980年に晴れて独立を果たしたものの、現在は中国共産党の影響を大きく受けている。

同じく島嶼国のソロモン諸島も1978年にイギリスから独立したが、その指導者は中国共産党の影響で腐敗に手を染め、今年の7月10日に中国と安全保障・警察協定を結んだ。

これらの脅威に対応すべく、自由主義諸国は再び同盟を結び、互いの連携を強めている。

米ソ両陣営による冷戦は一正面作戦だったが、習近平氏率いる中国共産党とプーチン氏が枢軸となる「第二次冷戦」では、自由主義陣営は二正面作戦を強いられている。

権威主義側陣営は中国と北朝鮮、ロシアに加え、ブラジル、インド、南アフリカで構成されるBRICS、そしてパキスタンとイランがオブザーバー参加する上海協力機構(SCO)からなる。ロシアと中国は二正面作戦にとどまらず、広範囲にわたる複雑な紛争状態を引き起こすことで、米国主導の国際秩序「パックス・アメリカーナ」を過去のものにしようとしている。

それに取って変わるのは「Bellum Globus(世界規模の衝突)」、すなわち北京当局が主導する世界規模での衝突だが、暴力とは程遠い形態になるだろう。米国主導の国際システムが解体の危機に瀕するなか、中国政府は世界を全体主義に染めるべく介入を行うだろう。

したがって、習近平氏の作戦はプーチン氏以上に長期的なものとなる。西部戦線でロシアが無謀な作戦を繰り広げるなか、中国共産党は東側で慎重に勢力拡大を図っている。西側諸国とロシアが共倒れし、権力の真空が生じれば、習近平氏と中国共産党は勝者として闊歩することができるのだ。

このような惨事を避けるため、米国は世界の民主主義諸国と手を取り合い、より強力な同盟関係を構築することで、中露の侵略を封じ込めなければならない。

時事評論家、出版社社長。イェール大学で政治学修士号(2001年)を取得し、ハーバード大学で行政学の博士号(2008年)を取得。現在はジャーナル「Journal of Political Risk」を出版するCorr Analytics Inc.で社長を務める傍ら、北米、ヨーロッパ、アジアで広範な調査活動も行う 。主な著書に『The Concentration of Power: Institutionalization, Hierarchy, and Hegemony』(2021年)や『Great Powers, Grand Strategies: the New Game in the South China Sea』(2018年)など。
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