南アジア安全保障の重心は海へ 核抑止と制度なき競争

2026/02/03
更新: 2026/02/03

数十年にわたり、南アジアの安全保障の論理は陸上を基軸としてきた。カシミールの実効支配線、係争中の国境、そしてほぼ例外なく陸上から始まる危機である。だが近年、インド洋およびアラビア海で起きている動きは、地域の勢力均衡における真の重心が、徐々に海洋領域へ移りつつあることを示している。現在これらの海域で展開しているのは、一時的な力の誇示ではなく、静かではあるが根本的な抑止構造の変化だ。

インドがアリハント級原子力潜水艦から射程約3千500キロの海中発射弾道ミサイルK-4の試験を行っていることや、中国の情報収集・調査船が北インド洋に継続的に展開していることは、個別に見れば技術的、あるいは日常的な動きに見えるかもしれない。しかし、これらを総合すると、南アジアが多層的かつ複数領域にまたがる核抑止の段階に入りつつある姿が浮かび上がる。

インド洋:抑止と競争が交錯する複雑な空間

戦略的に極めて重要な空間であるインド洋には、独特の特徴がある。複数の主体が存在する一方で、いずれの大国も安定した秩序や拘束力のあるルールを確立できていない点だ。北大西洋条約機構(NATO)や各種制度が比較的構造化された安全保障環境を形作ってきた欧州や、「海の憲法」とも呼ばれる国連海洋法条約(UNCLOS)や地域的枠組みによって一定の規範が定着してきた東アジアとは対照的に、インド洋には競争を管理し、対立を防ぐための強固な制度が欠けている。中東は露骨に不安定だが、インド洋は秩序と無秩序の境界に位置している。

このような環境では、いかなる軍事的・外交的行動も複数の意味を帯びる。ある一つの動きは、防御的意図で行われながら、同時に競争相手には脅威として映ることがある。警告として機能する一方で、競争激化の前触れにもなり得る。透明性や信頼醸成の仕組みが欠如していることが、誤認や対抗的反応のリスクを高めている。

その結果、インド洋における地域アクターの行動は、明確な抑止シグナルを発するどころか、緊張と相互反応が連鎖する持続的なサイクルへと発展しかねない。例えば、ミサイル試験や原子力潜水艦の配備は、地域アクター間で戦略的な誤算を生み出す可能性がある。

インドと海洋抑止

近年、インドの海洋戦略は、核抑止力の強化を明確な目的として形作られてきた。外洋海軍の拡充、原子力潜水艦の配備、主要シーレーンに沿ったプレゼンスの拡大を通じて、インド政府は第二撃能力の確立を目指している。アリハント級潜水艦から発射されたK4ミサイルの試験は、インドを「核戦力の3本柱」完成に一歩近づけると同時に、海洋抑止に実運用上の信頼性を与えた。

もっとも、海洋抑止が安定に寄与するのは、それが透明で、相互的で、かつ予測可能である場合に限られる。

しかしインド洋には、その前提条件が欠けている。印パ間の未解決の対立、中国共産党政権の存在感の増大、そして有効な信頼醸成措置の不在により、インドの軍事的・外交的な一挙手一投足は、常に複数の意味を帯びる。

地域の競争相手から見れば、インドの海軍力拡大は安定の保証というより、勢力均衡の変化として受け取られ、対抗的な対応を誘発しかねない。

アラビア海のように浅く、航行が混み合う海域における弾道ミサイル搭載潜水艦の配備は、第二撃能力を高める一方で、特有の運用上のリスクも伴う。作戦の透明性が低下し、誤認の可能性が高まることで、将来の危機において拙速な意思決定が行われる恐れがある。

インドの海上抑止力は、安定をもたらす手段であると同時に、潜在的な不安定性の源泉としても機能している。その管理には、防衛措置が緊張のエスカレーションの悪循環に発展するのを防ぐための慎重な外交、信頼醸成メカニズム、そして運用上の透明性が求められる。

インド洋における中共と水面下の競争

北部インド洋における中共政権の調査・データ収集船の継続的な展開は、北京が地域の海洋大国としての地位を固めようとする長期戦略の一端をなす。これらの活動はしばしば科学調査や観測任務として説明されるが、実際には、とりわけインドを念頭に、他国のミサイル能力や海軍戦力に関する重要な情報を収集していることを示す証拠が存在する。

その結果、インド洋は情報・軍事・技術が重層的に交錯する競争空間へと変容し、抑止、監視、挑発の境界は急速に曖昧になっている。

言い換えれば、地域内外のアクターは「徐々に、かつ公表されない形で進む軍事化」という状況に直面しており、これは露骨な競争よりも制御が難しく、誤算の可能性を高める。

この地域における中共政権の行動は、単なる事後対応や危機誘発行動として理解すべきではない。北京の戦略は「低コストでの持続的な存在」を軸としており、データ収集、海洋調査、海上航路の監視は、費用のかかる力の誇示というより、戦略的不確実性を低減し、有事における自国の利益を確保するための手段として位置付けられている。

こうしたじわじわと進行するデータ主導の競争は、冷戦期の露骨な対立とは性格を異にし、多くの場合、人目に触れない形で進みながら、長期的には勢力均衡に影響を及ぼしている。

とりわけ、インドのミサイル実験に際して高まる中共政権の存在は、ミサイルの飛翔経路の追跡やテレメトリーデータの収集を可能にしている。パキスタンにとってこれは、インドとの情報格差を部分的に緩和する「非公式な情報の傘」へのアクセスという、一時的な機会をもたらす。しかし同時に、その短期的利益は、イスラマバードの対中依存を深め、海上危機への対応における作戦上の自由度を狭める結果にもつながる。

南アジアにおける海洋リスク 活性化する「グレーゾーン」

北部アラビア海とインド洋は、複数の主要地域大国の核潜水艦、水上艦隊、情報収集船が同時に活動する、高リスクのフラッシュポイントとなっている。誤認や拙速な対応を防ぐための有効な信頼醸成メカニズムや、明確に確立された緊急連絡体制は存在しない。歴史を振り返れば、多くの危機は意図的な開戦判断から生じたのではなく、誤算やシグナルの読み違いから拡大してきたことが分かる。

2025年の印パ軍事衝突は、その具体例の一つだ。南アジアの危機は横方向に波及しやすく、特に十分な緊急連絡体制が欠如した状況下では、緊張が陸上から海上へと移行することで、危機管理は一層複雑かつ危険なものとなる。

地理的に限られた空間に、核潜水艦、空母打撃群、情報収集船が同時に存在することは、偶発的な接触やエスカレーションを招く反応の可能性を大きく高める。純粋に自衛的な行動であっても、他のアクターには脅威と受け取られ、相互的な対抗措置の連鎖を引き起こしかねない。

こうした状況の下、南アジアは深刻な「海洋リスク」に直面している。この現実は、運用上の透明性、迅速な信頼醸成措置、そして地域内外のアクターによる継続的な関与を強く求めている。これらが欠けたままであれば、意図しない危機や急激な緊張激化が生じる可能性は、依然として極めて高いままである。

インド洋:貿易・エネルギーと世界的影響

インド洋は、世界の貿易とエネルギー輸送を支える重要な動脈である。インド沿岸、スリランカ周辺、アンダマン海付近を含む主要な海上交通路には、膨大な量の原油や石油製品がアジア市場へ向けて流れている。

これらの海域で混乱が生じれば、エネルギー供給や南アジアの海上保険市場に深刻な影響を与えかねない。

さらに、明確な軍備管理の枠組みが存在しない中で、核兵器運用能力を持つ戦力が国際水域に常態的に展開されることは、他地域にも波及し得る危険な前例を作る恐れがある。

この変化は核抑止力を高める一方で、誤算や緊張のエスカレーションのリスクも同時に押し上げる。2025年の印パ衝突が示したように、南アジアの危機は横方向に拡散しやすい。とりわけ緊急連絡手段が欠如した状況では、緊張が陸上から海上へと移ることで、危機管理は格段に難しくなる。

最終的に地域の安定を左右するのは、アクター同士が競争を管理し、互いのレッドラインを理解し、実効的な信頼醸成メカニズムを維持できるかどうかにかかっている。こうした相互理解が欠ければ、かつて南アジアの安全保障上の周縁と見なされてきたインド洋は、意図せざる危機や不安定化、さらには世界の貿易とエネルギー供給を揺るがす震源地へと変わりかねない。

出典:RealClearWire

この記事で述べられている見解は著者の意見であり、必ずしも大紀元の見解を反映するものではありません。