香港政府は5月12日、中国が香港に設置した治安機関「国家安全維持公署」の活動に全面的に協力することを新たに法律に明記する方針を固め、議会にあたる立法会にその法案を提出した。これにより、香港に対する中国本土の統制がさらに強まるとの見方が広がっている。
国家安全維持公署は、2020年に施行された「香港国家安全維持法」(国安法)に基づき設置された中国政府の出先機関で、国家の安全に危害を加える犯罪の取り締まりを担い、香港政府を監督・指導する役割を持つ。特に「外国勢力が介入する複雑な事案」など、重大な案件については、同公署が直接捜査し、容疑者を中国本土に送致して中国の裁判所で起訴することも可能とされている。
今回の法案では、国家安全維持公署が事件を捜査する際の細則が定められ、公務員は同公署から要請があれば必ず協力しなければならないと明記された。また、同公署の捜査を妨害することは罪に問われることになる。この法案は、昨年3月に施行されたスパイ活動などの防止を目的とした国家安全条例に付属条文を追加する形で進められており、条例施行後に政府が条文追加を議会に求めるのは初めてだという。
国家安全維持法は、香港での分離独立や国家転覆、テロ活動、外国勢力との結託などを厳しく取り締まることを目的としており、施行後、香港の民主派活動家の多くが逮捕・起訴されるなど、民主派の活動は大きく制限されている。今回の法案追加により、国家安全維持公署の活動がさらに円滑に進むとされ、香港における中国政府の影響力が一層強まることが予想される。
香港政府は「政府の全ての部門と機関は、必要かつ合理的な支援と協力を提供しなければならない」と強調しており、今後も中国本土との連携を深める姿勢を鮮明にしている。
香港政府が中国の治安機関「国家安全維持公署」への全面的な協力を法律に明記する方針を固めたことについて、主に以下のような懸念が指摘されている。
まず、国家安全維持法そのものが持つ最大の問題点は、言論や表現の自由、集会・結社の自由といった基本的人権が大きく制限されることである。法律の規定が非常に広範かつ曖昧であるため、政府や中国共産党への批判、あるいは外国勢力との関わりがあると見なされた場合、市民や活動家が逮捕・起訴されるリスクが高まっている。実際、法律の施行後には多くの民主派活動家が逮捕され、自己検閲が社会全体に広がっている。人権団体アムネスティ・インターナショナルは、香港が「警察国家」へと急速に変貌し、市民の人権が危機にさらされていると警告している。
さらに、国家安全維持公署の職員は香港の法律を順守する義務がなく、捜査や逮捕、拘留の対象にもならないとされている。このため、中国本土から派遣された治安当局者による法執行が香港社会に直接及ぶことになり、香港の司法の独立性や法の支配が損なわれるという懸念がある。香港の裁判所でさえ、国家安全法関連事件については行政長官が指名した裁判官のみが担当し、外国籍の裁判官が排除される傾向が強まっている。
また、法律の適用範囲が香港だけでなく、外国人や香港外での言動にも及ぶ可能性があることから、香港に進出している外国企業や在留外国人への影響も無視できない。こうした状況は、香港の国際金融センターとしての地位や、これまで享受してきた「一国二制度」の枠組み自体を揺るがす事態となっている。
このように、今回の法改正によって中国本土の統制が一層強まり、香港社会における自由や人権、司法の独立、国際的な信頼に深刻な影響が及ぶことが強く懸念されている。
ご利用上の不明点は ヘルプセンター にお問い合わせください。