中国の電気自動車(EV)大手、BYDは、2025年4月にヨーロッパ市場で米テスラを初めて上回り、月間のBEV販売でトップに立った。これは世界的な地政学、産業政策、そして中国とヨーロッパの貿易構造に深い影響を及ぼす兆候としている。
BYD 急速なヨーロッパ進出の理由──多面的な戦略と地政学的優位
英コンサルティング会社JATO Dynamicsのデータによると、BYDは4月にヨーロッパで7231台のBEVを販売(前年比169%増)し、テスラの7165台をわずかに上回った。
同社のアナリストであるフェリペ・ムニョス氏は、「わずかな差だが、その象徴的意味は大きい」と指摘。ヨーロッパ全体のBEV販売は前年比28%増だったが、中国ブランドに限ると59%増。これはアメリカ・欧・日・韓の自動車メーカーの平均成長率(26%)を大きく上回る。
アメリカ経済学者・黄大衛氏はBYDの台頭について、一車種のヒットによるものではなく、戦略的手法と地政学的優位性によって原産地証明を獲得したためだと語った。
BYDは早くからハンガリーなど東欧諸国で工場を展開している。親中政権と連携することで、西欧の厳格な対中審査を回避し「原産地表示の偽装(country-of-origin washing)」とも呼ばれる手法でヨーロッパ市場に進出してきたという。
黄氏によれば、経済回復を急ぐハンガリーやセルビアでは、中国資本が「経済活性化のカギ」と見なされており、ドイツやフランス、イタリアなどの旧来の自動車大国とは異なるスタンスを取っている。
また、BYDは中国共産党(中共)政府の補助金を背景とした低価格戦略を採用し、利益を犠牲にしてでも市場シェアを拡大する構えを見せている。加えて、バッテリー生産時の環境リスクやリサイクル課題は中国国内に残し、ヨーロッパでは「グリーン消費」として受け入れられる仕組みを作っている。
このような「外資の地元化+価格攻勢」戦略により、BYDは急速に市場に浸透している。
テスラのブランド低下とBYDの拡張
一方で、テスラはヨーロッパ市場で苦戦を強いられている。JATO(コンサルティング会社)によれば、テスラの4月の新規登録数は前年同月比49%減。対照的に、フォルクスワーゲンは61%増、傘下のシュコダ(Skoda)に至っては2倍以上に増加した。
ムニョス氏は「テスラの不振はイーロン・マスク氏の政治的発言とも無関係ではない」と指摘。マスク氏がヨーロッパで敬遠されがちな右翼思想に接近していることが、消費者離れを招いているとした。
また、アメリカではバイデン政権が打ち出したEV補助政策が縮小され、内燃機関車への回帰傾向が見られる一方、ヨーロッパでは依然としてカーボンニュートラル政策を重視しており、米欧間で政策の「デカップリング」が進んでいる。
ヨーロッパ委 中国製EVに最大35%の報復関税導入へ
BYDのヨーロッパ進出が成果を上げる一方で、リスクも膨らんでいる。ヨーロッパ委員会は2025年10月から、中国製EVに対し最大35%の制裁関税を課すと発表した。これは、中共政府による不公正な産業補助への対抗措置だ。
ロイターによると、EUは中国を「協力も可能な競合相手」と位置づけつつ、制度的ライバルとも見なしている。現在、中国では年間300万台分のEV生産能力があり、これはEU市場の2倍にあたる。この過剰供給が輸出依存を招き、ヨーロッパは「ダンピングの標的」になっているという懸念がある。
また、ドイツの経済紙ハンデルスブラットによると、EUと中国の間では中国製EVの最低販売価格設定に向けた交渉が続いているが、現時点で合意には至っていない。
黄大衛氏は「BYDの成功は、東欧と西欧の中国への姿勢の違いをうまく利用した結果だ」と警鐘を鳴らす。中資を歓迎する東欧に対し、西欧は自国産業への脅威とみており、今後ヨーロッパ政治が右傾化し、対中強硬姿勢で一致するような状況になれば、BYDは厳しい局面を迎える可能性があるという。
一方、米サウスカロライナ大学エイキン校の謝田教授は、BYDのヨーロッパでの販売台数の多くは、現地工場で組み立てられた車両や、企業向けのリース契約によるものであり、一般消費者に向けた純粋な輸出販売とは性質が異なると指摘している。
実際、BYDは2024年7月、ヨーロッパ最大のリース企業Ayvensと提携覚書を締結し、企業向け市場への浸透を図っている。2025年までに海外販売台数を80万台に倍増させる計画もあり、ブラジル、ハンガリー、タイ、トルコなどでの現地生産も進めている。BYDの広報担当は今年3月末、「現地組立と中国の供給網を併用することで、コスト競争力を維持する」と語っている。
地政学リスクと補助金依存の限界
長期的に見た場合、BYDの海外進出は中国国内の過剰生産能力を背景にした“緊急避難”的な輸出ともいえるが、その効果は不透明だ。
黄大衛氏は、「補助金による価格競争力を、法制度に適合した競争力に転換できるかが試金石になる」とし、「今回の販売首位は一時的な利益であって、決して最終勝利ではない」と述べている。
台湾国防安全研究院の王綉雯博士も「4月の数字だけで判断するのは尚早」と指摘。フォードやシュコダ、中国の小鵬(Xpeng)など、他ブランドの成長率のほうが高く、ヨーロッパ市場は依然として激しい競争環境にあるという。
王博士は「1か月の数字ですう勢を判断するには不十分で、安定的な傾向かどうか、継続的な観察が必要だ」と強調した。
BYDがヨーロッパでテスラを一時的に上回った背景には、販売数を超えた複雑な要素──地政学、政策、ブランド戦略、消費者心理──が絡み合っている。この勝利は、中国製造業がグローバル供給網と市場構造に深く浸透しつつあることを示す一方、ヨーロッパが環境理想と経済現実の間で揺れている様子をも浮き彫りにしている。
謝田氏は、BYDの売上そのものよりも重要なのは、それがヨーロッパの産業主権と政策自主性への挑戦になっている点だと述べた。
米欧の対中政策が日に日に厳格化するなか、BYDは今後、関税・規制・需要の現実という「三重の壁」にどう立ち向かうかが問われている。
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