沖縄をめぐる問題は、基地や歴史といった個別の話題として語られがちだ。しかし近年、国際社会ではそれらを一つの「物語」として結びつけ、日本の立場を揺さぶる言説が広がっている。
沖縄をめぐる国際的な言説空間では、歴史・人権・国際法を横断するかたちで、特定の物語が反復されているという。日本沖縄政策研究フォーラム理事長の仲村覚氏は、こうした動きを「ナラティブ(物語)を用いた認知戦および法律戦」と位置づけ、その構造を分析している。
認知戦としての沖縄問題
仲村氏によれば、沖縄をめぐる問題は、個別の政策論争や歴史評価にとどまるものではない。複数の分野を接合した一つの物語を通じて、日本の沖縄統治の正当性を国際社会の認識と記録の中で相対化する試みが進められているという。
その特徴は、直接的に主権を否定するのではなく、「疑義がある状態」を作り出し、それを国際機関の文書や議論の場に定着させる点にあるとされる。
1.歴史の再構成 「日本は侵略者」という物語
仲村氏が第一に挙げるのが、「日本は侵略者であり、沖縄は植民地である」という歴史ナラティブである。この物語では、1609年の薩摩侵攻、1879年の琉球処分、沖縄戦、戦後の施政権問題、現在の基地負担が、一連の被害史として連結される。
仲村氏は、この手法について「個々の出来事の性質や歴史的文脈を切り離し、被害という一本の線で再構成することで、全体として日本の統治を不法占拠のように見せる効果を持つ」と分析する。点在する史実をどう接続するかが、物語の説得力を左右しているという。
2.国連文書に蓄積される「先住民族」ナラティブ
次に仲村氏が注目するのが、「沖縄の人々を先住民族と定義する」言説である。2008年以降、国連の人種差別撤廃委員会などが、日本政府に対し同趣旨の勧告を繰り返してきた点について、仲村氏は「法的拘束力の有無よりも、公式記録として残り続けることの意味が大きい」と指摘する。
勧告への対応が行われないまま時間が経過すると、「日本は先住民族の権利を十分に尊重していない国である」という評価が、国連文書として蓄積されていく。仲村氏は、先住民族という位置づけが国際法上の自決権と結びつく点を踏まえ、「将来的な法的主張の基盤として機能し得る」と分析している。
3.人道的文脈で語られる「中国は救世主」像
仲村氏は、近年の動向として、「中国は抑圧された琉球を救う存在である」というナラティブが強調されている点にも言及する。フランス語で制作された中国国営メディアのドキュメンタリー番組などでは、過去に琉球が中国に救済を求めていたという歴史像が提示されているという。
この過去の語りは、現代の基地問題や環境問題と重ね合わされることで、「現在も続く抑圧」という枠組みを補強する役割を果たすと仲村氏は見る。中国の関与を人道的介入として正当化するための物語的準備である、というのが同氏の分析である。
4.法律戦の側面 ポツダム宣言と地位未定論
法的議論の領域では、「ポツダム宣言がサンフランシスコ平和条約より上位にある」とする主張が用いられていると仲村氏は指摘する。この論理構成によって、日本による琉球領有の正当性に疑義が生じ、「沖縄の地位は未定である」という言説が導かれる。
仲村氏は、この構図が台湾地位未定論と類似している点を挙げ、「法解釈そのものよりも、それらを一つの整合的な物語として提示する点に、認知戦としての特徴がある」と述べている。
5.ナラティブを定着させる仕組み
仲村氏の分析では、これらの言説が広がる背景として、「映像制作」「NGO経由の国連文書化」「欧州言論空間への浸透」という三つの段階が挙げられる。プロパガンダ的映像がNGOを通じて国連報告書に引用され、それが国際的な議論の前提として再利用されることで、物語が事実のように定着していく構造がある。仲村氏はこれらのナラティブが国連の公式記録として受理され、6月の国連脱植民地化特別委員会(通称 C-24)で沖縄が「脱植民地化リスト」に登録された瞬間、沖縄における日本の主権は事実上失われると警告している。
記録への対応という課題
仲村氏は、沖縄をめぐる認知戦を、主張の応酬ではなく、国際社会における「公式記録」の形成過程として捉える必要があると述べ、どのような枠組みや評価が国際機関の文書に蓄積されているのかを検証すること自体が、今後の重要な研究課題であると訴えている。

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