中国の不動産富豪、潘石屹氏が私的な会食で語った動画がネット上に流出した。潘氏はこの中で、親しい友人だった任志強の拘束の件について、初めて語った。当時、任は習近平を批判する内容の書簡を潘氏を含む11人に送り、その後、複数の受取人を拘束した。潘氏は当時アメリカにいたため、難を逃れたという。
9月27日にXで拡散した動画には、潘氏が会食の席で立ち上がり、同席者に語りかける様子が映っている。
潘氏は次のように語った。
「2020年9月にニューヨークへ来た。帰国便もすでに予約していて、ここで年を越したら中国に戻るつもりだった。ところが、その直後、親しい友人の一人が拘束された。この友人とはとても親しく、私は彼を非常に尊敬していた。ウェイボーでは、まるでコンビのように毎日のようにやり取りしていた。彼は1通の書簡を書き、それを11人に送った。最初に送られてきたのが私だった。ほかの何人かは拘束された。私はアメリカにいた」
ここまで話したところで、潘氏は撮影を止めるよう促すように、「これは絶対に撮らないで」と話した。
すると同席者が「止めた、止めた」と応じた。
潘氏はその友人の名前を明かしていない。ただ、発言内容から、中国の不動産実業家で、いわゆる「紅二代」の任志強を指しているとみる。
任は2020年9月22日、北京市第二中級人民法院から、汚職、収賄、公金流用、国有企業職員による職権乱用の4つの罪で懲役18年、罰金420万元の判決を受けた。外部では、政府批判が実刑判決の背景にあるとの見方が広がった。
2020年3月上旬、任は文章の中で、中国共産党(中共)が新型コロナウイルスへの対応で真相を隠したと批判した。また、「自ら指揮し、自ら手配する」として感染対策を主導していた習近平を名指しはせず、「裸でも皇帝でいようとする道化師」と皮肉った。
文章がネット上で広まった後、任は消息を絶った。複数の友人は、同年3月12日に連行されたと証言している。
潘氏は1963年、甘粛省天水市潘集寨村に生まれた。1995年、妻の張欣氏とともにSOHO中国を設立した。同社は2007年10月8日に香港証券取引所へ上場し、北京や上海で多くの大型オフィスビルを開発した。
その後、ブラックストーンがSOHO中国の買収を計画したが、取引は中共当局の審査を受けた。2021年8月には反独占法に基づく審査が始まり、その後、SOHO中国とブラックストーンは取引の中止を発表した。
潘夫妻は2022年に経営陣から退いたものの、取締役には残った。その後、夫妻がニューヨークで暮らしているとの報道も出ている。
今年4月6日、潘氏は自身のWeChat公式アカウントに「運命は自分で決める、そして天にも委ねられる」と題する文章を投稿した。自らの半生を振り返りながら、人生や仕事、人との向き合い方についての考えをつづった。
XアカウントHidden Cityも、潘氏の発言動画を投稿した。
「衝撃だ。潘石屹氏が私的な集まりで初めて、任志強の拘束が自分に与えた影響や、なぜアメリカにとどまり中国へ戻らないのかを語った。かなり踏み込んだ内容だ。しかし、撮影者はまた潘氏を困らせることになった。これでもう中国にはまず戻れないだろう」
同アカウントは、自身は動画を転載しただけだと説明し、元の動画は張棟偉氏がウェイボーに投稿していたもので、現在は削除している。
動画をめぐり、ネット上ではさまざまな声が上がった。
「この動画がなくても、もう帰れなかっただろう」
「任志強を拘束した理由は誰もが知っている。潘石屹氏が今こうした話をするのは、そもそも帰国するつもりがないからだろう」
「潘石屹氏本人が大勢の前で話しているのに、コメント欄の人たちのほうが怖がっている。動画を公開したからといって、何が問題なのか。潘氏が語ったことのどこが事実ではないのか。任志強はすでに懲役18年の判決を受けている。それすら話してはいけないのか」
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