中国の浸透工作進む南太平洋 日本人が忘れかけた「ガダルカナル」で何が起きているのか

2020/09/28
更新: 2020/09/28

いまから約1年前の2019年9月16日、南太平洋の島国、ソロモン諸島が台湾と断交し、中国と国交を樹立した。ソロモン諸島という国名にはなじみがなくても、同国の最大の島がかつての激戦地、ガダルカナル島だといえば、多くの日本人にとってもイメージしやすいのではないかと思う。

2016年、台湾で蔡英文政権が発足すると、中国は台湾への圧力を強めるためにも、オセアニア地域で台湾と国交のある国々の切り崩し工作を本格的に開始した。当時、オセアニア14カ国のうち、台湾と国交があったのは、キリバス、ソロモン諸島、ツバル、パラオ、マーシャル諸島、ナウルの6ヵ国で、中国が国交を結んでいた8カ国。国の数でいえば、ほぼ互角だった。これに対して、現在はキリバスとソロモン諸島が台湾と断交したので、台湾と国交がある国は4、中国と国交がある国は10と中国の存在感が高まっている。

もっとも、2016年の時点で、すでに、フィジー、バヌアツ、パプアニューギニアが親中国家として取り込まれていたことを見逃してはなるまい。

フィジーでは、2006年に軍事クーデターが発生し、日米豪をはじめ西側諸国が軍事政権への支援を停止すると、その間隙を縫って中国は軍事政権への援助攻勢を展開してフィジーを完全に取り込み、2015年には軍事協定を結んでいる。

その西側にあるバヌアツは1980年の独立後まもない1982年に中国と国交を樹立。中国が海底資源をめぐる仏領ニューカレドニアとの大陸棚争いでバヌアツを支持し、バヌアツは南シナ海における中国の領有権の主張を全面的に支持するという関係を築いてきた。2005年には中国中央電視台がバヌアツでテレビ放送を開始し、中国メディアによるバヌアツ国民への世論操作が始まり、2006年には両国間で経済協力協定が調印された。2018年までにバヌアツの対中債務は2億2200万ドルに拡大。中国の債務漬けになったバヌアツに対して、同年4月、中国が海軍基地建設についての協議を進めているとの報道が一部でなされ、米豪両国が対応に追われる一幕もあった。

いっぽう、ソロモン諸島の北西に位置するパプアニューギニアも、1975年の独立以来の親中国家として相当な金額の資金が中国から流入している。2018年11月には、首都ポートモレスビーでのAPEC開催にあわせて、中国が13億円を支援してつくられた6車線の幹線道路が開通。開通式典には習近平も参加し、あらためて、パプアニューギニアにおける中国の影響力を誇示している。

さらに、ニューギニア島の西南に位置する東ティモールに目を転じると、2016年には中国の軍艦が東ティモールに初めて寄港し、首都のディリでのCITY8プロジェクト(10ヘクタールの土地に住宅、商業施設、学校などを建設する開発計画)に、中国資本が6000万ドルを投資する方針が明らかにされた。GDPが25〜30億ドル程度の東ティモールにとって、その2パーセント強という投資額は決して小さなものではない。(日本の防衛費が対GDPの1パーセント枠に縛られていることを想起していただければ、その重要性がわかるだろう)

こうしてみると、フィジー、バヌアツ、パプアニューギニア、東ティモールという「親中国家」に取り囲まれたかたちのオーストラリアにとって、インドネシアと(台湾断交以前の)ソロモン諸島は、中国による対豪包囲網の残された数少ない出口になっていたといってよい。特に、パプアニューギニアからソロモン諸島、バヌアツを経てフィジーに至るラインは、先の大戦中、日本軍が企図した米豪遮断作戦と重なるもので、オーストラリアとしては、このラインを連結させないことが死活的に重要である。

長年、親中政策を採ってきたオーストラリアが、近年、急速に中国の脅威を認識し、中国を排除する方向に動いている背景には、こうした事情があることを見逃してはならない。

逆に、中国からすれば、ソロモン諸島を親中国家として取り込むことができれば、米豪のラインを遮断し、西太平洋におけるプレゼンスを高めることができるわけだ。

もともと、1978年に独立したソロモン諸島は1983年に台湾と正式な外交関係を樹立し、台湾もソロモン諸島への支援を積極的に行ってきた。たとえば、ソロモン諸島の人々の生活に欠かせない豚肉に関しても、台湾の養豚支援によりソロモン諸島の養豚業は飛躍的に改善され、在来種と台湾から持ち込まれた品種を掛け合わせて作られた「SOLROC」(ソロモンのSOLと台湾=中華民国のROCが名前の由来)種のブタは、両国友好のシンボルとして人々の生活に定着している。

じっさい、2017年9月22日(現地時間)、国連総会に出席したソロモン諸島首相のマナセ・ソガバレは、「今こそ台湾の国連加盟を認める時」として国連演説を行い、国連が2015年に採択した「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にも言及。「我々は自ら掲げた原則を否定し、2300万人の台湾人を取り残した」として、同アジェンダにある「誰一人取り残さない」との理念をうたいながら、台湾の参加を拒む国連を批判することさえしている。

ところが、翌10月、ソロモン諸島国内で、ソガバレの金権腐敗に対する不満が高まり、約20人の国会議員が与党を離脱し、11月にはソガバレに対する不信任案が採択されて議会が閉会。その後、2019年4月3日に行われた総選挙の結果、ソガバレは議会の多数派工作に成功し、同29日には首相の座に返り咲いた。しかし、その後のソガバレ政権は、連立与党の意向を容れるという名目で対中傾斜を強め、台湾と断交し、中国と国交を樹立することを選択した。おそらく、ソガバレが下野していた時期に中国側の猛烈な工作が展開されたものと考えるのが自然であろう。

ちなみに、台湾との断交直前に行われた各種の世論調査では、一般のソロモン諸島国民は、ソガバレの金権腐敗体質に加え、各種の報道により中国による「債務の罠」について熟知しており、さらに、これまで台湾の農業支援がソロモン諸島経済に大きな役割を果たしてきたこと(そして、その継続を今後も望むこと)などから、8〜9割が台湾との外交関係の維持を望み、中国との国交樹立に反対の意思を示していた。

2019年9月、ソロモン諸島の中央政府が台湾との断交が発表されると、多くの国民がこれに抗議した。特に、歴史的にガダルカナルと対立してきたマライタでは、州都のアウキで大規模な抗議デモが発生。米国政府もすぐに反応し、ペンス米副大統領はソロモン諸島政府が中国当局と国交を結ぶことに不満を示し、予定されていたソガバレとの会談を拒否した。

さらに、共和党上院議員のコリー・ガードナーは、自身のツイッターで、ソロモン諸島政府の方針について「非常に理解しがたい」としたうえで、「台北法(案)」の早期可決を訴えた。ちなみに、同法案では、台湾の利益を損なう行動をとった国に対して、米国務省は当該国との外交関係のレベルを引き下げ、軍事上や資金援助などの協力関係を一時中止し、または変更する措置をとることができると規定している。したがって、当然、台湾との断交を強行したソガバレ政権も規制対象になりうる。

また、ソロモン諸島政府が、ガダルカナル北方、第二次世界大戦以前の英領ソロモン諸島の首府が置かれていたツラギとその周辺の島々を「経済特区」として開発すべく、中国の複合企業「中国森田」に75年間賃貸する契約を結んでいたことが発覚。これを受けて、マライタ州政府のスイダニ主席はニュージーランドのラジオ放送局RNZの取材に応じ、「借金となる海外からの資金提供に関わりたくはない。これは、よく知られている中国からの資金提供による『債務の罠』に陥る可能性がある」と述べ、ツラギの賃貸契約に対して真っ向から反対するなど、緊張が高まっていた。

2020年に入り、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が問題になると、ソロモン諸島は中国をはじめ、過去に感染者が出た国からの入国を禁止するなどの制限措置をとった。このため、2020年7月初めの時点ではソロモン諸島国内でこのウイルスによる感染症の発症者は確認されていないが、入国制限により人的・物的往来が制限され、主要産業の林業、漁業、鉱業の輸出もほぼストップし、経済的に大きな打撃となった。

これに対して、中国は早々に30万ドルをソガバレ政権に寄付すると、西側諸国も、ソロモン諸島のこれ以上の対中傾斜を食い止めるべく、さまざまな援助を行った。わが国も、6月17日には、ホニアラで山﨑順二臨時代理大使とジャーマイア・マネレ外相の間で供与額3億円の保健・医療関連機材のための無償資金協力「経済社会開発計画」に関する書簡の交換している。

しかし、新型コロナウイルス禍が世界規模ではなかなか収束する気配を見せない中、世界各国は、ウイルスの封じ込めよりも、ウイルスと共存しつつ経済活動を再開する方向に舵を切りつつある。

こうしたなかで、8月31日、ソロモン諸島政府は中国人の入国制限措置を緩和し、広州・ホニアラ間の直行便の受け入れを開始した。2023年にソロモンで開催される太平洋諸国のスポーツ大会に向けた屋外スタジアムの建設支援のためのスタッフを中国から受け入れるため、というのがその大義名分である。

これに対して、中国を信用せず、台湾との断交に反対していたマライタ州のスイダニ主席は猛反発し、9月1日夜、ソロモン諸島からの独立の是非を問う住民投票を実施することを発表した。ところが、今度は、ホニアラの中央政府がマライタ州に対して住民投票の実施を絶対に認めないとの姿勢を示して圧力をかけ、9月21日にはホニアラで中国大使館の開館式が強行された。

このように、先の大戦の激戦地だったガダルカナル(とソロモン諸島)は、中国と西側諸国の対立の最前線に再び放り出された格好になっている。

いうまでもないことだが、歴史上の「激戦地」は、その時々の戦略上の要衝であるが故に、交戦国は大きな犠牲を払うことを厭わず、死守ないしは奪取しようとした場所である。

先の大戦でのガダルカナルの戦いに関しては、日本軍が同島を飛行場にすることで、太平洋における連合国の拠点であったオーストラリアを孤立させようとしたのに対して、連合国側はその飛行場を確保することで日本の勢いを封じ込め、攻守の転換に成功した。そして、そこから中部太平洋の拠点を確保すべく、タラワの戦いで日本軍と壮絶な戦いを展開してギルバート諸島(キリバス)を制圧し、同諸島は日本の委任統治領であったマーシャル諸島攻略の拠点として使われた。

したがって、ソロモン諸島との国交樹立に続いて、2019年9月20日、キリバスとも国交を樹立し、同国に拠点を築いた中国の戦略は、先の大戦での日本軍と連合国の双方の戦略をミックスしたものであり、彼らが日本を攻略しようという意図を持っているなら、まさに歴史的な先例を忠実になぞっていると理解すべきではないか。

昨今、中国の艦船がわが国の領土である尖閣諸島周辺の領海を日常的に侵犯していることは、多くの日本人から安全保障上の脅威と受け止められている。たしかに、その認識は正しいが、上記のような現状を考えれば、尖閣諸島のある南西方面からの脅威と併せて、先の大戦中の米軍の進路をなぞる南東方面からの脅威についても鈍感であっていいはずがない。

このたび、扶桑社から上梓した拙著『日本人に忘れられたガダルカナル島の近現代史』では、こうした現状を踏まえ、第二次大戦中のガダルカナル攻防戦のみならず、ガダルカナル島を中心としたソロモン諸島の近現代史を通観することで、日本、米国、中国、オーストラリアなど、関係各国の南太平洋の要衝をめぐるこれまでの動きと、未来の構図を明らかにしようと試みた。ぜひ、一人でも多くの皆様にお手に取っていただきたい。


執筆者 内藤陽介

1967(昭和42)年東京都生まれ。郵便学者。東京大学文学部卒業。世界各国・各地域の郵便資料である切手を通じて、歴史・文化・民族・宗教・社会などから時代背景を分析している。「郵便学者・内藤陽介のブログ」を2005年からほぼ毎日更新。執筆活動や講演、ラジオ、ネット動画チャンネル等で世界情勢に関する幅広い知見を示す。著書に『日韓基本条約』(えにし書房)、『みんな大好き陰謀論』(ビジネス社)、『日本人に忘れられたガダルカナル島の近現代史』(扶桑社)ほか多数。

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