宇宙人では説明できない 生命と宇宙はどこから来たのか

2026/04/28
更新: 2026/04/28

論評

アメリカ人の頭の中は、どうやら宇宙人のことでいっぱいらしい。

ドナルド・トランプ大統領は、UFOに関する政府文書の公開を政府に命じている。最近、この公開手続きについて「非常に興味深い文書が数多く見つかった」と述べ、「最初の公開は、まもなく、非常に近いうちに始まる」と語った。

それが、スティーブン・スピルバーグ監督の大作映画『ディスクロージャー・デイ』が6月に劇場公開される前に実現するかどうかは分からない。少なくとも予告編は非常に緊迫感に満ちている。地球を訪れた宇宙人に関するデータを盗み出した内部告発者が、「全世界への完全な情報公開」を誓うという内容だ。スピルバーグ氏は同作を「フィクションよりも真実に近い」と呼び、作品そのものも「既存の秩序をすべて覆す」とうたっている。

一方、2024年に議会で行われた未確認異常現象(UAP)に関する公聴会を主導した一人であるティム・バーチェット下院議員は最近、メディアに相次いで出演し、「私が見たもの」が公開されれば、国民は「夜も眠れなくなるだろう」と述べている。

普段は控えめな印象のあるオバマ元米大統領でさえ、この話題に足を踏み入れた。2月には、「統計的に見れば、宇宙はあまりに広大であり、どこかに生命が存在する可能性は高い」と述べている。

こうした話を、私たちはこれまで何度聞いてきただろうか。私が初めて耳にしたのは大学時代、1997年の映画『コンタクト』の中だった。ジョディ・フォスターが演じる登場人物は、「宇宙はかなり大きな空間だ」と語り、「もし私たちだけしかいないのなら、あまりにも空間の無駄のように思える」と述べていた。

これは非常に無難な主張だ。宇宙人の存在を示す確かな証拠は必要ない。科学をひとつまみ加えた、「宇宙人は存在するはずだ」という推測にすぎない。

確かに、宇宙は広大だ。しかし、宇宙人をめぐるこの論法には、疑わしい前提がいくつも含まれている。

第一に、この論法は、地球上の生命が自然に進化したという前提に立っている。もしそうであれば、条件さえ整えば、どこででも生命は進化するはずだ。宇宙が十分に広ければ、「統計的に」生命はどこか別の場所でも進化したに違いない、というわけだ。

キリスト教徒として、私は地球外生命体に何の問題も感じない。聖書は、ほかの惑星に生命が存在するかどうかについて述べていない。

しかし科学者としては、宇宙人をめぐるこの議論に大きな疑問を抱いている。その第一の前提、つまり生命が自然に進化したという考えは、説得力のある証拠によって支えられているとは言い難い。

こうした議論は、もう一つの新作映画でも展開されている。こちらはSF映画ではなく、サイファー・フィルムズが制作したドキュメンタリー『ザ・ストーリー・オブ・エブリシング』だ。同作には、ディスカバリー研究所の科学者たちや、その他の学術機関に所属する研究者たちが登場する。私自身も同研究所の上級研究員である。

生命とは、情報量の豊かな遺伝暗号の上に成り立つ、きわめて高度に秩序づけられた現象である。その遺伝暗号は、3Dプリントされたかのようなナノスケールの細胞内機械を動かしており、その効率は、人間が生み出したどの技術をもはるかにしのぐ。私たちは、知的な主体が言語に基づくコードや機械を生み出すことをよく知っている。しかし、目的を持たない自然のメカニズムが、そうした極めて複雑な構造を生み出したという経験は持ち合わせていない。

これに対する標準的な反論は、自然選択は時間をかけて少しずつ複雑な仕組みを作り上げる、というものだ。しかし、自然選択には自己複製するシステムが必要であり、自己複製には、情報を保存・処理し、栄養分を代謝し、外部環境の害から生命を守る分子機械やその他の生体分子が必要となる。

このような「還元不可能な複雑性」に至る段階的な道筋は存在しない。必要な部品がすべてそろって初めて、生きた細胞になる。そろっていなければ、そこにあるのは死んだ化学物質の塊にすぎない。こうした問題があるからこそ、ノーベル賞を受賞した生物学者ベンキ・ラマクリシュナン氏は、「生命がどのように始まったのかは、生物学に残された大きな謎の一つである」と書いたのだ。

もし地球外生命体がどこかに存在するとしても、そしてそれはなお非常に大きな「もし」だが、その生命も地球上の生命と同じように、知性によって設計されたものでなければならない。

生命に設計を認めながらも、私たちを設計したのは宇宙人だと主張する人もいるかもしれない。実際、ノーベル賞を受賞した科学者フランシス・クリック氏でさえ、「指向性パンスペルミア説」を提唱した。地球上の生命は宇宙人によって「種まき」された(地球に送り込まれた)という考えである。だが、それは問題を先送りしているにすぎない。では、その宇宙人はどこから来たのか、という問いが残るからだ。しかも、この説ではほかの重要なデータも説明できない。

最も有力な証拠が示しているのは、宇宙が約130億年前、無限に小さく、無限に高密度の「特異点」から、「ビッグバン」によって誕生したということだ。これは宇宙人にできることではない。むしろ、宇宙の外側にある超自然的な第一原因の働きを示唆している。

ビッグバンを裏づけるうえで重要な研究を行った天文学者アラン・サンデージ氏も、そのように見ていた。同氏は「私にとって神は謎である。しかし、存在という奇跡に対する説明でもある」と述べている。

さらに、自然の法則と定数は、刃の上に立つような絶妙な均衡の上に成り立っている。もしそれらがほんのわずかでも違っていれば、生命は存在できなかった。ノーベル賞を受賞した物理学者チャールズ・タウンズ氏が述べたように、「知的設計は……かなり現実味があるように思える」。なぜなら、「物理法則がまさに今のような形でなければ、私たちはここに存在できなかった」からだ。

ここでもやはり、宇宙人では説明できない。彼らも私たちと同じく物理法則に従う存在であり、宇宙が生命のためにこれほど精密に調整されている理由を説明することはできないからだ。

私たちの広大で美しい宇宙は、宇宙人のなせる業ではない。この宇宙とその法則、そしてそこに住むすべての存在、人間であれ、エイリアンであれ、あるいはそれ以外の何かを創造した、唯一の超越的な創造主によるものなのだ。

この記事で述べられている見解は著者の意見であり、必ずしも大紀元の見解を反映するものではありません。