ニューヨーク九評公開討論会で、ゴードン・チャン氏が講演

2005/02/07
更新: 2005/02/07

“ゴードン・G・チャン氏はアメリカの法律事務所ポ

Gordon Chang discusses the “Nine Commentaries on the Communist Party” and China’s future the New York Press Club. (Evan Mantyk)

ール・ヴァイス(Paul Weiss)に所属する弁護士として、20年近く中国本土と香港で勤務し、最近は上海で活躍している。中国に関する彼の記事は、『ニューヨーク・タイムズ』『アジアン・ウォール・ストリート・ジャーナル』『ファー・イースタン・エコノミック・レビュー』『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』に掲載された。彼は最近になって『来るべき中国の崩壊(THE COMING COLLAPSE OF CHINA)』を著わし、中国の政治・経済・社会を分析している“。

趙紫陽氏で最も有名なのはおそらく彼の公の最後の言葉でしょう。私達は現在、その二つの言葉をよく知っています。中国の象徴的な心臓部である天安門広場に集まった学生、労働者、市民に向かって、彼は「とても申し訳ない。私は来るのが遅すぎた」と述べました。彼は来るのが遅すぎたのではありませんでした。そして、これは彼にとって後悔の序の口にしか過ぎませんでした。

私は、中華人民共和国はこの10年でいつか崩壊するだろうと思っています。その強権な組織は趙紫陽氏を恐れるあまり、15年間も軟禁していたのです。

それは間もなく権力を失うでしょう。

わたしたちは中国で多くの改革を見てきましたが、実際にはそれほど変わっていません。毛沢東は異常な社会を作り上げましたが、少なくとも彼は現実主義者で高い強固な壁をこしらえて中国を囲い込み、内部がよく分からないようにして存続させてきました。彼の後継者たちは近代的な国家を望みましたが、共産党が決定し人民がそれに従うという毛沢東体制を変えようとは思いませんでした。しかし、毛の後継者がうまく国家を開放するに従って、全ての勢力が世界に適用するようになり、政治的、経済的、社会的な面が中国にも入ってきました。このような過程においては中央政権的な体制ではうまくいかないでしょう。毛は中国において布告によって法治主義を禁じていたようなものでしたが、中国が開放されるにつれて、法治主義を適用せざるを得ないのです。

問題は党が良いことをやっているか悪いことをやっているかではなくて、問題は時なのです。なぜなら、党はまもなく、多くの課題に直面しなくてはならず、それらの一部は先例のないものなのです。もし中国の指導者が未来を望むのであれば、彼等は党、省、及び地方政体の財政を立て直し、WTOへの移行を計り、銀行に再投資するための5,000億ドルを用意しなければなりません。また、社会保障制度のために、さらに5,000億ドルを調達しなければなりません。酷く荒廃してしまった、おそらくは世界でも最悪の環境をきれいにしなくてはなりません。全国に広くはびこる腐敗と無法を止めなくてはなりません。時代遅れの農業政策を見直し、国営企業を改革しその結果生じる失業者の面倒も見なくてはならず、教育、健康保険、その他の必要不可欠な社会保障を刷新し、それらを持たない数千万人の為に充てなくてはなりません。

趙紫陽氏の頃は、これらのことは全てまだ見込みがあったのです。彼らの後継者は経済成長の美名の元に覆い隠し、これらの問題を解決しようとはしませんでした。彼らの今日の問題は計画がうまく行き過ぎたことです。今やそれらをやり遂げた独裁者たちの問題に直面して、経済成長が彼らの統制を脅かしています。

繁栄は変革の受益者さえをも急進化します。アナリストによると、経済改革のこれまでの二十年で本当の勝利者であった中産階級が共産党を支持しており、これは恐らく真実なのです。中国ウォッチャーは中国で今何が起こっているかを見なくてはなりません、そして特にアレクシス・ド・トクビル(フランスの政治学者・歴史学者1805年-1859年)以来の政治的な歴史を勉強しなおさなくてはなりません、彼によると革命前のフランスでは農民たちが封建制度を嫌っており、それは封建制度がもっとひどかった欧州の他の地域よりもそうだったのです。フランス内部の不満は国内の農村部で最も高まり、改善を見るに至りました。しかも、フランス革命後に予期せぬぐらいの速さで繁栄の時期を迎えました。

トクビルが了解していたように、繁栄が持続しても市民たちを静めることにはならず、不安の念を増大させます。引き続いた近代化は一党独裁国家にとっては敵です。革命は多くの事情の元で起きます、それは特に政治的な制度が経済的な変化によって解放された社会的な勢力に追いついていないときに顕著です。頭の固い指導者ほど、台頭する社会勢力にとって頭の痛いものはありません。

北京の政策は、国民と政府との隙間を拡大することを目的としているように思われます、そのため先の見えない将来に不安定さが増しています。今日の中国では前代未聞の速さで想像できない変革が試されています。これは実際、共産党それ自体の政策によるものです。彼らは、経済改革を支持し、社会工学を支持したのですが、同時に共産党は重要な政治的な改革の邪魔になっているのです。私たち全てが中国において見ることができる形跡というのは、時機によって政局が動けば解決策になるということです。しかし中国が正しい方向に向かっているかは問題ではありません。問題は時です。時の重要性というのは、私たちが焦点を経済改革の勝者から敗者に移す時に明らかになります、そして改革の敗者は勿論のこと労働者と農民なのです。

農民と労働者は我慢強くはありません。彼らは共産党が経済をよくしてくれるかと50年ももう待ちません。彼らは空腹です、彼らは腹を立てており、最も悪いことには彼らは絶望的になっています。地方では、老人以外の死亡原因の筆頭は自殺です。都市の中には、労働者の半数以上が失業しているところもあります。

これらの問題の原因は何でしょうか?もちろん、それは政治体制にあり、それが明確な解決を履行することを許さないのです。どっちつかずの指導者から別の集団への政治的な移行時期において、変化はより乏しく、麻痺した状態が明白になってきます。

それゆえ現在の中国を救うことができるただ一つのことは、趙紫陽氏が示唆したような政治的な改革です。そのような改革は政権の土台を蝕むような腐敗の傾向を取り除くことができます。

改革が経済の足取りをより良いものとし、それが中国の指導者たちの重要な仕事なのです、それによって社会はより開かれたものとなり、社会階層の下層階級にたまった鬱憤を緩和することができます。

それゆえ改革が重要であることは私たちも知っています、しかしそれはいつ起こるのでしょうか?党員たちは最近になって政治改革について公の場で話していますが、彼らは偽善的な言葉でしか話せないのです。私たちは村落での選挙とか“党内部での民主化”というようなものも見ていますが、これは変革と言えますが、しかし二つの問題があります。一つは、変革が大陸移動のようなゆっくりとしたペースで行われていることです。しかし、もっと重要なことには、共産党が統制を維持しようとしていることです。彼らが共産党を追い出す方向でなければ、改革がどうして意義深いものであるといえましょうか?若い党員はもっと自由な政治体制について話しているのかもしれませんが、年老いた指導者たちは体裁作りにしか興味を示しません。

もし改革の秘訣があるとしたら、胡錦涛がどのようにして中国の最高権力者に出世したのかということに尽きます。1989年に天安門事件が勃発した時、_deng_小平は江沢民を後継者に指名しました、それから彼は、江沢民の後継者として胡錦涛を選びました。_deng_小平は死の直前、彼の後継者たちが政治的に忠実でその継承者たちが従順であることを確認しようとしました。

それではこれについて考えてみましょう、胡錦涛は一人の男によって選ばれました、そして、その男は五年以上も前に死んでいるのです、これは驚きではありませんか?死んだ人間が自分の好みで中国の次期指導者を選んでいるのです。13億余りの生きている中国人は何も言うことができないのです。人民たちの共和国は近代化しているように見えますが、実際はそうではないのです。

中国の指導者たちは政治的な改革を永久に引き延ばすことができると考えていますが、現実には社会の負け組みだけでなく勝ち組みにもその鬱憤は山積してきています。

わたしたちは中国の現実を見るべきであって、希望的観測で見てはいけません。今日の中国の現実を見るとき、趙紫陽氏が言った共産党は変わらなくてはならないということが正したかったことが分かります。ですから彼は実際には謝る必要などなかったのです、彼はただ数年考えが進んでいただけなのです。