大紀元時報

チベットの特殊部隊兵士、中国軍の地雷で死亡 残された家族は

2020年10月14日 01時18分
特殊辺境部隊の兵士だったテンジンさんの遺影を持つ長女ゾンパさん、母親のダワプラゾム、長男のダオくん (Venus Upadhayaya/Epoch Times)
特殊辺境部隊の兵士だったテンジンさんの遺影を持つ長女ゾンパさん、母親のダワプラゾム、長男のダオくん (Venus Upadhayaya/Epoch Times)

1962年の印中国境紛争で、インド側が中国人民解放軍との戦闘で失った戦略的山岳地「ブラックトップ」がある。その半世紀後、同じ場所で、今度はインド軍のチベット人兵士が、中国軍が埋めた地雷により死亡した。

2020年8月末、インド軍の秘密部隊である特別辺境部隊(SFF)がヒマラヤ国境をパトロール中、地雷をふみ、ニマ・テンジン(Nyima Tenzin、51)さんが死亡した。インドと中国は6月中旬にインド軍が20人以上の犠牲を出した衝突以降、緊張が高まっている。

テンジンさんの義理の兄弟であるトゥンドゥプ・タシ(Dhundup Tashi)さんは大紀元の取材に対して、「山頂を巡回していた最中だった」と、義兄の殉職について語った。テンジンさんの妻ニマ・ラモ(Nyima Lhamo、45)さんと、息子のテンジン・ダオド(Daod、14)くんは、家の中庭で毎日祈りをささげている。

家族の家は、テンジンさんが亡くなった国境地域から360キロメートル離れたレー町にあるチベット難民の住む地区にある。このほど、大紀元の記者は兵士の家族を訪れた。

ヒマラヤの戦略的な山頂「ブラックトップ」は、1962年の中印戦争で中国に占拠された。しかし、テンジンさん家族によれば、当時チベット人兵士が戦闘に加わり30人の中国人兵士を負傷させるなどして、インド軍が優位に立つうえで山岳地帯奪回作戦に大きな役割を果たしたという。

「あの日の朝、義兄は母親と妻に電話をかけ、ソルカ(特別な祈り)を頼んだ。危険な仕事で、特別な任務だという」とタシさんは振り返る。

8月30日午前3時頃、インド軍はチベット代表団とともにテンジンさんの自宅を訪れ、彼の殉職を家族に告げた。棺は3日後にインド国旗に包まれて到着し、その後、中国で禁止されているチベット国旗が飾られた。9月7日の葬儀には、インド与党の幹部も出席した。

テンジンさんはビカス連隊とも呼ばれる特殊辺境部隊に所属していた。ビカス連隊は、1962年の印中戦争の後に設立された、ヒマラヤ中部の町デフラドゥンの近くに拠点を置く、特別に訓練された機密の準軍事部隊だ。

ビカス連隊は当初、米国情報局(CIA)とインドの諜報機関によって訓練されてきた。バングラデシュのメディア、ダッカトリビューンによると、バングラデシュの建国につながった1971年のインドとパキスタンの戦争では、約3000人のチベット特殊辺境部隊が秘密裏に展開し、相手側兵士を56人殺害したという。

特殊辺境部隊の兵士だったテンジンさんが8月末、殉職した。49日間の喪に服する家族。テンジンさんの息子で5歳のゴヤルセンくんと彼の祖母ダワプラゾムさん(Venus Upadhayaya/Epoch Times)

テンジン家はチベット仏教に基づき49日間の喪に服していた。すべての親族が集まり、朝から晩まで盛大なチベットの祈りをささげていた。最年少の5歳の息子テンジン・ゴヤルセン(Goyalgsen)くんは、父親に二度と会えないということがまだ分からず、ほこりの舞う家のそばの小道で遊んでいた。

17歳になる娘のテンジン・ゾンパ(Zompa)さんは泣きはらしていた。「私の父は軍隊で35年間働いていた」と大紀元に語った。「生前はインドやチベットが大好きだと言っていた。(職に)命を懸けていた」

ゾンパさんによれば、亡くなった父親は来年退役する予定だったという。また、彼女の教育のための計画があると語ったことがある。父親は、娘が医者になることを望んでいた。一家は数カ月前に車を初めて購入し、家族旅行も予定していたという。

ゾンパさんの祖母で、亡くなったテンジンさんの母親であるダワプラゾム(Dawaplazom、76)さん は、数珠を回しながら座っていた。テンジンさんの妻ラモさんは、弔いのために訪れる人々にバター茶を差し出していた。

中国共産党を率いた毛沢東が人民解放軍にチベットへの進軍を命じ、ダライ・ラマがチベットのラサから逃れた後、ダワプラゾムさんはインドに移住した。当時、10万人以上が移動したという。テンジンさん家族の住むレー町には11のチベット難民居住区がある。

ダワプラゾムさんの3人の息子のうち、テンジンさんだけがチベット特殊辺境部隊に参加した。テンジンさんの14歳の息子ダオドくんは、いまのところ部隊に入る意思はないという。「うそをつくな。悪いことをするな。絶対に麻薬はいけない」と、ダオドくんは父親の忠告を教えてくれた。

「父は休暇で家に帰るたびに、私が欲しいものをすべて買ってくれた」と内気なダオくんは語った。明るい緑に塗られた部屋の片隅にある、多くの葬儀参列者が踏んでいくカーペットの端で横になっていた。

中庭での祈りを終えた妻のラモさんは、手に数珠を飾りながら座っていた。「私の夫、私の家族の代表がいなくなった。まだ小さな子がいるのに」と幼児のゴヤルセンくんに目をやった。「でも私は子どもたちに、あきらめずに父親のようになるように教える」

インドと中国の間のラダック東部にある、係争中の国境の状況は緊迫したままだ。レー町から国境地帯へ続くすべての道は閉鎖されている。

タシさんは、テンジンさんが自然死で亡くなったわけではないため、49日間の儀式を行うには大きな費用がかかると述べた。「彼の魂の平和のために」と、家族は現在国境に駐留している兵士たちのためにも祈っていると付け加えた。

「中国には人間性がない。Rakshasas(悪魔)の仲間だ」とタシさんは語った。「私たちの兵士はそこ(国境)にいる。私たちは、彼らが領土を守ることを祈る」

(VENUS UPADHAYAYA/翻訳編集・佐渡道世)

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