オピニオン 上岡龍次コラム

第四次中東戦争とハマスの奇襲攻撃によるイスラエルの失敗から中国の暴走に備えよ

2023/11/11
更新: 2023/11/11

先入観が招いた奇襲攻撃

イスラエルの諜報機関は優秀であり、ハマスの奇襲攻撃を察知できなかったことに世界の多くが驚いた。一部にはイスラエルがガザ地区に侵攻する大義名分を得るために意図的にハマスの奇襲攻撃を黙認したとの声も出た。

だが中東戦争を見るとイスラエルは第四次中東戦争で情報見積を間違えてエジプトによる開戦奇襲を察知できなかった戦例が有る。

イスラエルはハマスの奇襲攻撃を察知できなかったが人質救出と対応の誤りを認めてガザ地区侵攻を開始した。イスラエルはガザ地区のハマスを排除することで今後の安全を保つ方針を選んだ。これでガザ地区への攻撃が激しくなり国連などは人道的な立場から双方に停戦を呼びかけるが成功していない。 

イスラエルの失敗から習近平の行動を読む

建国間もないイスラエルは貧弱な軍隊を持つ国だった。イスラエル軍は第二次世界大戦で廃棄された兵器を修理・購入して運用する軍隊だった。だが第一次中東戦争から第三次中東戦争まで勝利を重ねてイスラエルの領土を拡大し、この過程でイスラエル領内にパレスチナ人自治区が生まれた。

イスラエルは貧弱な軍隊を次第に強力な軍隊に変貌させ、四方を敵に囲まれても勝てる軍隊に成長した。さらにイスラエルの諜報機関は優秀であり常に敵の動向を探り分析することで敵よりも先に行動できた。

これは事実なのだが成功が続くと安心と慢心が生まれるのも事実。イスラエル建国では採算度外視の軍拡が求められたが安定期になると経済情勢を優先するようになった。それに対して第三次中東戦争(1967)で敗北したエジプトのサダト大統領は諦めていなかった。そのため次の戦争ではイスラエルに勝利するために計略を張り巡らせた。

サダト大統領は意図的にイスラエルに対して攻撃を公言するキャンペーンを行なった。それに対してイスラエルはスエズ運河沿いに30箇所の拠点を連ねたパーレブ・ラインを構築して一個機甲師団に警戒させた。だがエジプト軍は開戦奇襲を成功させ僅か一日でイスラエル軍のパーレブ・ラインを破砕し第四次中東戦争(1973)が始まった。 

百戦錬磨のイスラエル軍と諜報機関は情報見積の誤りでエジプトによる開戦奇襲を予測できなかった。イスラエル政府は経済情勢が厳しいので戦争を回避したい願望が有り、イスラエル軍司令部の多くが“サダト大統領がイスラエルを脅しているだけで戦争を始めない”と判断した。エジプトが戦争準備をしていることはイスラエルの諜報機関とアメリカのCIAからも得ていたが、エジプト軍の動きが露骨だったので演習だと思い込んだ。

イスラエル政府の判断は“戦争を公言する国家のトップはいない”との先入観だった。これはサダト大統領が意図的に仕組んだ情報戦だったことは当時では判らず後に真相が明らかになっている。サダト大統領はマスコミを使いイスラエルへの開戦キャンペーンとエジプトの外交が矛盾する様に仕向けた。 

この矛盾がイスラエルから見るとサダト大統領の判断を疑う事になり結果的に戦争の公言は偽りだと判断した。この結果スエズ運河沿いにパーレブ・ラインを構築して防衛したがイスラエル政府と軍司令部は情報見積を間違えてエジプトによる開戦奇襲を受けた。

誤りの原因

・経済情勢で戦争を見た

・戦争を公言する国家のトップはいないとの先入観

・開戦キャンペーンと外交の矛盾

 イスラエルの誤りは経済情勢で戦争を見たことだ。戦争は金を集めてから始めるのではなく戦争を始めてから金を集める世界。だから経済的に苦しくても敵は侵攻を行う。これは今でも中国・台湾・日本に適用できる。自国経済と中国経済が苦しいから中国が台湾侵攻をしないと思うのは間違いだ。戦争で勝利すれば解決するのだから習近平が台湾侵攻をしないとは言い切れない。 

イスラエルは“戦争を公言する国家のトップはいない”との先入観を持ったことで開戦奇襲を受けたが習近平は以前から戦争を覚悟した発言を繰り返している。習近平は露骨に戦争を口にしているから典型的な欺瞞工作と見るべきだ。さらにエジプトのサダト大統領は開戦キャンペーンとエジプトの外交で意図的に矛盾を流してイスラエル政府と軍司令部の判断を誤らせた。この成功例が有るから習近平が再現していると見るべきだ。 

成功するとは限らない

第四次中東戦争はシリア軍がイスラエル軍へ決戦を行いエジプト軍がイスラエル軍を持久戦で拘束することが基本構想だった。だが第四次中東戦争はエジプトの開戦奇襲の成功から始まったが終わってみるとイスラエルの勝利になっていた。サダト大統領が開戦奇襲を成功させるために欺瞞工作を成功させたが、エジプト軍の“攻勢作戦の目的が曖昧”だったことから勝利を逃したのである。

攻勢作戦の目的がイスラエル軍との決戦で撃破することなのか持久戦で拘束することなのか曖昧なまま攻勢作戦を実行した。これが原因で現地指揮官の判断が曖昧になりイスラエル軍に反転攻勢の好機を与えてしまった。

中国が台湾侵攻を行うなら制空権の獲得を行い次に制海権の獲得。この後に台湾に上陸するのが勝利のセオリー。欠点として開戦奇襲はできないから派手な決戦から始まってしまう。それでは開戦と同時に陸軍を台湾に上陸させることは奇襲になるが、3000年の戦争史では渡洋作戦で成功例が確認されていない。つまり習近平が理解していなければ開戦奇襲に成功するが敗北するパターンになる。

 警戒しても政治が判断を誤れば

戦争は金を集めてから始めるのではなく戦争を始めてから金を集めるのが基本。つまり戦争は借金で行うから戦争に勝てば周辺諸国は戦勝国に投資をするから回収できる。台湾は中国共産党軍を警戒して戦争できる状態に有る。致命的なのは日本であり習近平は戦争しないと判断していたら対応が遅れてしまう。

イスラエルはパーレブ・ラインを構築しても政府判断の間違いにより一日で消し飛んだ。習近平がメディアを使い欺瞞工作をしているなら中国共産党軍による開戦奇襲は成功するだろう。その時は台湾軍の防衛で現実を知ることになるが日本の対応は遅れることは間違いない。さらに悪いことにアメリカ海軍の空母打撃群は中東情勢を優先しているから中国共産党軍への対応は遅れることになる。 

過去の戦例と今を見ると明らかに習近平が有利な情勢になっている。だが第四次中東戦争のエジプトとハマスの開戦奇襲は成功したが共に勝利するとは限らない。エジプトは開戦奇襲に成功したが続く戦闘で戦略を間違えて敗北した。ハマスは開戦奇襲に成功したがガザ地区に追い込まれている。だから習近平が戦略を知らなければ開戦奇襲に成功しても敗北することになるだろう。

さらに習近平は演習と称して台湾付近で圧力を続けている。これに習近平は“戦争を公言する国家のトップはいない”との認識を加えればどうなるのか?イスラエルは演習だと判断したから第四次中東戦争でエジプトの開戦奇襲を許している。ならば習近平は中国経済が破綻する前に台湾侵攻を行うと見るべきだ。さらに中国経済が破綻したから台湾侵攻は無いと思うのも間違いだ。

戦争学研究家、1971年3月19日生まれ。愛媛県出身。九州東海大学大学院卒(情報工学専攻修士)。軍事評論家である元陸将補の松村劭(つとむ)氏に師事。これ以後、日本では珍しい戦争学の研究家となる。
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