日本国内の医療機関で外国人患者による医療費未払い問題が深刻化している。観光立国を目指しインバウンド需要が拡大する中、医療現場では未払いによる経営負担や制度のすき間を突いた悪質な事例が相次ぎ、政府も抜本的な対策に乗り出した。
未払いの実態と拡大する影響
厚生労働省の調査によれば、2021年9月の1か月間で未払い金が発生した医療機関は、回答があった5138施設のうち約9%(481施設)に上った。同月の外国人患者の未払い金総額は1億2千万円を超えている。2018年10月の調査でも未収金総額は約1億300万円に達し、全体の未収金の1%以下にとどまるが、1件あたりの金額が大きい傾向があり、医療機関の経営にとって無視できない問題となっている。
さらに、2023年9月の調査では、外国人患者を受け入れた医療機関の18.3%で未払いが発生していることが判明。1施設あたりの未払い発生件数は平均3.9件、総額は平均49.6万円。1件あたり1800万円を超える高額未払いも報告されており、未払い問題の深刻化が浮き彫りとなっている。
未払いの主な原因と背景
外国人患者による医療費未払いの原因は多岐にわたるが、主に以下の4つに分類される。
1. 支払い能力の欠如
経済的困窮や不法滞在、留学生・技能実習生など収入が不安定な立場の外国人は、医療費を支払う十分な資金がないケースが多い。日本の健康保険に未加入の場合、全額自己負担となり、医療費が高額になることで支払いが困難になる。
2. 支払う意思の欠如
一部には、最初から支払う気がない、あるいは高額な医療費を理由に支払いを拒否するケースも存在する。緊急時には支払う意思があったが、回復後に交渉や値引きを求めるなど、文化的な違いから支払いを渋る場合もある。出国してしまえば請求が届かない、あるいは回収が困難になることを知っていて意図的に未払いにするケースもある。
3. 支払う意思・能力はあるが支払えない
言語や文化、医療制度の違いにより、支払い方法や必要な手続きを理解できず、結果的に未払いとなることがある。例えば、海外旅行保険に加入しているものの、本人が「保険会社が直接支払う」と誤解していたり、実際には患者が一度立て替えてから請求する必要があることを知らなかったケースも多い。母国と日本の医療制度の違いや、言語の壁によるコミュニケーション不足が未払いの一因となっている。
4. 制度上・運用上の問題
日本の医療機関には「応召義務」があり、正当な理由がない限り患者の診療を断れないため、支払い能力の有無にかかわらず診療を提供せざるを得ない。このため、未払いが発生しやすい構造的な問題も指摘されている。短期滞在や観光客は保険加入義務がなく、制度の「すき間」により未払いが生じやすい状況だ。
短期滞在者による悪質事例と回収困難
特に短期滞在の外国人観光客やビジネス渡航者が日本で医療を受け、医療費を支払わずにそのまま帰国してしまうケースが全国で多数報告されている。新宿区では、外国人患者が診療を受けた後、医療費を支払わずに帰国したり、所在が分からなくなったりするケースが年間で約11億円発生している。高額な医療を受けた後に帰国し、費用回収が困難になる事例が多い。
ある救急医療機関では、訪日外国人旅行者がICU治療を受け、500ドルだけ支払って帰国。残金は帰国後に送金する約束だったが、督促しても入金されず、連絡も取れなくなったという。別のケースでは、救急受診から入院した外国人観光客が「海外旅行保険に入っているから大丈夫」と主張し、実際の支払い時には「保険会社に連絡してくれれば支払われる」と言い残して退院。その後、医療機関が保険会社に連絡したものの、患者本人による立替払いが必要な保険内容だったため、未収金となった。
出国後は日本の法的強制力が及ばず、連絡が取れなくなる、国際送金の手続きが煩雑・高額になるなど、回収が非常に難しい現実がある。
政府の最新対策と今後の方向性
こうした状況を受け、政府は6月4日、外国人医療費未払い対策を強化する方針を発表した。経済財政運営の指針「骨太方針」に盛り込まれる予定で、以下のような具体策が検討されている。
・過去に一定額以上の未払いがあった訪日外国人の情報を厚生労働省が出入国在留管理庁に提供し、入国審査を厳格化するシステムの運用見直し
・訪日外国人に対する民間医療保険への加入義務付けの検討
・日本に住む外国人による国民健康保険(国保)の保険料納付漏れ防止策の強化
・未納付情報や医療費不払い情報の在留審査への活用
自民党の観光立国調査会は、訪日外国人に対して入国前に民間医療保険への加入を義務付けるよう政府に求める緊急決議をまとめており、未払い累計残高20万円以上を対象としている現行システムの基準引き下げも検討すべきだと提案している。
厚生労働省は、医療機関から一定額以上の医療費の不払いがあった訪日外国人受診者の情報を収集し、出入国在留管理庁へ提供する仕組みを運用している。提供された情報は、当該外国人が再び日本を訪れた際の入国審査に活用される。
医療機関の現場と課題
医療機関では、退院時に全額精算を求めたり、誓約書を取得したりするなどの対策を講じているが、それでも未払いが発生する場合がある。多言語対応やキャッシュレス決済の導入、保証金(デポジット)の徴収なども行われているが、制度の「すき間」を悪用されるケースは後を絶たない。
また、医療機関には「応召義務」が課されており、支払い能力の有無にかかわらず診療を断れないため、未払いが発生しやすい構造的な問題もある。
今後の課題と展望
外国人患者の医療費未払いは、経済的・制度的な理由、文化や言語の違い、そして制度のすき間や回収困難な現実が複雑に絡み合って発生している。今後は、保険加入の徹底や多言語対応、キャッシュレス決済の導入、保証金制度の強化など、多角的な対策が求められる。政府の新たな方針が実効性を持つか、医療現場の負担軽減につながるかが注目される。
また、インバウンド拡大と国際化が進む中で、日本の医療制度の持続可能性と公正性をどう確保するか、社会全体での議論と制度設計が急務となっている。
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