解説
中国国家統計局のデータによると、2025年の出生数はわずか792万人だった。これは1949年(1275万人)以来、最低の数字である。2016年の1786万人と比較すると、1千万人近い減少だ。この出生率の急落は、中国の人口危機がかつてないレベルに達したことを示している。
これは、中国共産党(中共)がさまざまな家族計画・産児制限政策を通じて中国国民に与えた、最も深刻な害悪の一つである。共産党の産児制限政策がもたらした帰結は、多世代にわたる負担となり、その流れを覆すことは極めて困難である。
共産党指導者による重大な過ち
振り返れば、共産党による強制的な家族計画政策は、当初から根本的に誤っていた。
共産党は1970年代初頭に産児制限を開始したが、当初は厳格な「一人っ子」制限はなかった。当時のスローガンは「一人は少なくなく、二人がちょうどよく、三人は多すぎる」というものだった。それにもかかわらず、中国の合計特殊出生率(一人の女性が一生の間に産む子供の平均数)は、1970年の5.71から1980年には2.24へと急落し、国際的に認められている人口置換水準である2.1にすでに近づいていた。
しかし1979年、共産党は夫婦の子供を2人に制限し、1980年には過酷な全国的「一人っ子政策」を導入した。これにより、女性への強制的な中絶や不妊手術、巨額の罰金、さらには暴行や不当拘留といった虐待が横行した。無数の家庭が破壊され、不適切な時期に行われた強引な処置によって、多くの女性や乳児が命を落とした。
ノーベル経済学賞受賞者のゲーリー・ベッカー氏は、政策的な介入がなくても、所得の向上、教育の改善、急速な都市化により、1981年以降の中国の出生率は急激に低下していただろうと主張している。
ではなぜ、1980年に体制は突如として、暴力的な強制力を用いて出生率を削減するという極端な転換を図ったのか。その責任は、文化大革命後に権力を掌握した鄧小平にある。
鄧小平は、1981年から2000年の間に一人当たりの国民総生産(GNP)を4倍の1千ドルに増やし、「小康(ややゆとりのある社会)」を実現するという野心的な目標を掲げた。この目標達成のためには、中国の人口を厳格に管理する必要があると考え、一人っ子政策が策定された。政策的な観点から見れば、これは不条理なものであった。
一般庶民は猛烈に抵抗したが、鄧小平の下で体制は反対派を弾圧し、強引に政策を遂行した。中国全土に、「一人多く産ませるくらいなら、川を血で染めた方がましだ!」「一人目は避妊リング、二人目は不妊手術、三人目・四人目は殺せ、殺せ、殺せ!」といった暴力的なスローガンが溢れかえった。
鄧小平が1989年の天安門事件を武力弾圧した後、江沢民が最高指導者に就任した。江は「一票否決制(他の実績が良くても産児制限目標を達成できなければ評価をゼロにする制度)」という厳格な仕組みの下、家族計画のノルマを官僚の業績評価に直接結びつけ、より厳格な産児制限を実施した。これにより、強制的な一人っ子政策が長期的に固定化・制度化されることとなった。江沢民はこの政策の残虐性を決定づけた第二の主要な戦犯といえる。
トップ経済学者による中国の産児制限批判
共産党は長年、家族計画政策が改革開放後の数十年にわたる「経済の奇跡」を支えたと自賛してきた。4億人以上の出生を抑制し、大きな負担を軽減したという主張だ。
しかし、多くの専門家はこれに同意していない。彼らは、中国の豊富な労働力こそが成長を牽引する重要な「人口ボーナス」を生み出していたのであり、一人っ子政策による長期的な人口危機は、むしろ経済に壊滅的な打撃を与えたと反論している。
1991年のノーベル経済学賞受賞者ロナルド・コース氏は、2013年の中国メディアのインタビューで次のように語っている。
「これは私がこれまでに聞いた中で最も奇妙な政策だ。実際、この政策は壊滅的な結果をもたらす可能性がある。もし北京が一人っ子政策を維持し続ければ、中国はいずれ消滅するかもしれない」
1992年のノーベル経済学賞受賞者ゲーリー・ベッカー氏も2013年、一人っ子政策は政府による大規模な社会的エンジニアリングへと変貌し、個人の決定を侵害していると述べた。さらに、それが「中国人口の急速な高齢化を招き、適切な医療や高齢者の退職後の所得を確保する上で大きな問題を引き起こしている」と指摘した。
「出生率を本来あるべき姿よりも低下させることには成功したかもしれないが、1978年に始まった経済改革によって、どのみち出生率が大幅に低下することを政策は予見していなかった。この観点から見れば、この政策は概して不必要であり、利益よりも害の方が大きかった」とベッカー氏は記している。

効果のない出生奨励策
深刻化する人口危機に直面し、共産党は数十年にわたる産児制限と乳児殺害から一転して、今や国民に子供を産むよう必死に促している。2016年に一人っ子政策を廃止して二人を奨励し、2021年には三人っ子政策を導入した。しかし、一人を強制しようが三人を目指そうが、それは依然として国家主導のトップダウンによる「計画生育」であり、一般の中国人には真の意味での「生殖の自由」は与えられていない。
新たに打ち出された「出産奨励」策の多くは、その奇妙さゆえに広範な嘲笑と反発を招いている。例えば、2026年1月1日より、避妊具や関連製品の販売に対する付加価値税の免除措置が廃止される。
さらに、資金難に陥っている地方政府は、すでに支給された出産手当を回収しようとしている。上海、安徽、湖北、山西、陝西、浙江、湖南、雲南などの省のネットユーザーからは、「保育手当への統合」を口実に二人目の手当支給が停止されたり、一部の地域ではすでに支払われた手当の返還を求められたりしているとの報告が相次いでいる。
2016年に二人っ子、2021年に三人っ子政策を全面的に導入したにもかかわらず、新生児数は劇的に崩壊した。共産党によるこれまでのベビーブーム工作は、すべて効果がないか、完全に無益なものとなっている。
一人っ子政策の永続的なダメージに目を背ける共産党
ワシントン・ポスト紙は、中国の出生率の急落について共産党の家族計画政策を批判し、「この規模の出生ショックは、平時かつ安定した現代政府の下ではほとんど起こり得ない。出生率の急激な暴落は、通常、飢饉や戦争、あるいはその他の壊滅的な激動といった大惨事を反映するものだ。これは、国民の深い悲観主義を映し出している」と報じた。
憤りを感じさせるのは、今日に至るまで共産党が出生制限を完全に撤廃しておらず、一人っ子政策を公に否定もせず、数億の中国人の家庭に与えた悲劇に対して一度の謝罪もしていないことだ。
要するに、夫婦に一人のみを強制した過去も、今三人を産むよう圧力をかけている現状も、共産党は一般の中国人を「人間」として扱ったことは一度もないのである。家族計画政策は、共産党統治下で中国国民に対して犯された最も凶悪な犯罪の一つである。
共産党体制によって荒廃したこの地において、出生率の崩壊は、党の統治に対する国民の「静かなる抗議」と見なすことができる。それは、共産党の支配下で希望ある未来を期待できないという、中国本土の人々の深い絶望の表れなのだ。

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