2008年、あるニュースがオーストラリアを震撼させた。中国から来た一組の夫婦が、同国史上3番目に高額な、シドニー・オペラハウスを海越しに望む豪邸を、全額キャッシュで購入したというのだ。それから間もなく、この夫婦は再び注目の的となった。巨額を投じて購入したばかりの邸宅を、取り壊して建て直すと決めたからである。
この夫婦はなぜこれほどまでに羽振りが良く、惜しげもなく金を使えるのか。それは、一家の主が元中国共産党(中共)政治局常務委員・曽慶紅の息子、曽偉(そ・い)だからである。
本稿は、汚職、腐敗、そして国有資産の不法占拠といった問題から話を始め、曽慶紅一族の立身出世の歴史、そして彼がなぜ江沢民の最側近となったのかを探っていく。
700億元の国有資産が消失
2007年初頭、中国大陸の雑誌『財経』が「誰の魯能か」と題した深層調査報告を発表した。山東省最大の国有企業「魯能グループ」が、密かに私企業化されていた事実を暴露したのである。
買収時、魯能の資産規模は738億元に達していた。しかし2006年に民営企業に買収された際の価格は、わずか37.3億元であった。この買収劇により、700億元の国有資産が私物化されたことになる。
最も不可解なのは、魯能を買収したのが北京にある無名の2社――北京首大能源集団有限公司と北京国源連合有限公司だった点だ。
魯能の従業員は、これら2つの「新しい主」について何も知らなかった。社内でも極少数の人間しか関与しておらず、その正体は「極秘中の極秘」とされていた。
英『フィナンシャル・タイムズ』の調査によれば、魯能を買収した数社はいずれも、明日系(トゥモロー・グループ)の総帥・肖建華の名義下にある複雑なペーパーカンパニー・ネットワークの一部であった。肖建華は表向きの実行役に過ぎず、実質的な買収者は、当時の中共政治局常務委員・国家副主席であった曽慶紅の息子、曽偉であった。
最も腐敗した一族
2008年3月、曽偉夫妻は3240万豪ドル(約2.5億人民元)を投じ、オーストラリアで最も地価が高いシドニーのポイント・パイパー(Point Piper)にある超豪邸を購入した。敷地面積は1100平方メートルで、シドニー・オペラハウスとハーバーブリッジを正面に望む一等地である。
これは当時のオーストラリア不動産取引史上、3番目に高額な物件であった。成約時にローンや分割払いはなく、一括全額支払いだった。
その後、夫妻はさらに500万豪ドル(約3800万人民元)をかけてこの豪邸を取り壊し、再建することを決めた。2600立方メートルの土石掘削を伴う計画が建築基準に抵触したため、市当局から3度にわたり却下されたが、2010年のクリスマス前にようやく再建が承認された。
曽偉がオーストラリアで見せた凄まじい浪費ぶりは、『シドニー・モーニング・ヘラルド』などの海外メディアでも大きく報じられた。
これは曽偉がオーストラリアに持つ豪邸の一つに過ぎない。曽慶紅一族が中国全土、そして全世界に抱える同様の資産は、一体どれほどに上るのだろうか。
江沢民の恩人
曽慶紅一族の台頭は、元中共トップの江沢民と密接に関係している。
ラジオ・フリー・アジアの番組『夜話中南海』によれば、江沢民が上海市委員会書記を務めていた際、市委副書記であった曽慶紅は部下として彼を支え、大きな手柄を立てたという。
1989年4月、元総書記の胡耀邦が死去した後、上海に拠点を置く『世界経済導報』が追悼討論会を企画した。その席で多くの者が胡耀邦を称え、彼が受けた不当な扱いに異議を唱えた。
『世界経済導報』は、討論会の発言全文を公式の追悼式よりも前に掲載しようと目論んだ。
この情報は同紙の北京事務所から海外記者へ漏洩し、香港の新聞が先行して報じた。それを当時の上海市委常務委員・宣伝部長の陳至立が察知した。彼女から報告を受けた市委副書記の曽慶紅は事態を重く見て、直ちにトップの江沢民へ報告した。
江沢民は同紙の編集長・欽本立と会見し、敏感な箇所の削除を求めたが、欽本立はこれを拒否。江沢民は編集長の職を解いた。これが記者や編集者ら約1千人による報道の自由を求める抗議活動を引き起こした。
事件は拡大し、上海のデモ隊は10万人に達し、学生たちは市政府の階段で絶食抗議を行った。
この事件は後に「六四天安門事件」の重要な導火線となった。メディアは、江沢民が『世界経済導報』を粛正した功績を鄧小平に認められ、中共中央総書記に抜擢されたと分析している。
当時の陳至立と曽慶紅が、事前に「中央の精神に従わない」同紙の動きを察知し、迅速に禁じたことで、江沢民は彼らの「政治的覚悟の高さ」を絶賛したのである。
もし二人が同紙の動きを見逃していれば、江沢民が鄧小平によって総書記に引き上げられることはなかったかもしれない。ゆえにこの二人は江沢民の腹心となったのだ。
江派のナンバー2
江沢民が政権を握り、あるいは「太上皇(院政)」を敷いていた時期、曽慶紅は江沢民によって着々と重用された。中央弁公庁副主任・主任、政治局候補委員、中央組織部部長、政治局常務委員、中央書記処書記、中央党校校長、港澳(香港・マカオ)工作領導小組組長、国家副主席などを歴任した。
中共上層部には、江・曽を中心とする政治派閥「江派」が形成され、曽慶紅はそのナンバー2に君臨した。法輪功への迫害が始まると、江・曽を首領とする「血債派(迫害による血の負債を負った一派)」が形作られた。
曽慶紅は江派のナンバー2として、自身の「太子党」としての身分と江沢民との特殊な関係を最大限に利用し、中共上層に複雑な人脈網を構築した。彼は江派、紅二代、上海幇、江西幇、石油幇、港澳幇、国安幇、外宣幇という8大派閥にまたがる影響力を持ったのである。
曽慶紅は、党内の有力家系である「紅二代(革命功労者の子弟)」としての立場を背景に、江沢民派のナンバー2として君臨した。その影響力は、江派、紅二代、上海幇、江西幇、石油幇、港澳幇、国安幇、外宣幇という8大派閥すべてに深く及んだ。つまり、上海・江西という地縁閥、石油産業の利権、香港・マカオの統治権、さらには国家安全保障や対外宣伝工作といった、党・政・軍の8大勢力を一身に掌握していたのである。
南アフリカ銃撃事件
曽慶紅は中共のスパイ組織の頭目でもある。中央組織部長や同部門を管轄する政治局常務委員を務めていた際、多くの子飼いの高官を抜擢した。北京、香港、アメリカ、欧州、アジア、豪州、アフリカにおいて、国家安全、公安、対外宣伝、統一戦線などの各方面から、海外のスパイ網を操り、法輪功に対する国境を越えた弾圧を実行した。
2004年6月28日夜、曽慶紅が南アフリカを訪問していた際、オーストラリアから来た9名の法輪功学習者が、曽慶紅による迫害に平和的な抗議を行うため、首都プレトリアへ向かっていた。その道中、彼らは銃撃を受けた。
運転していたデビッド・リャンは両足を撃たれ、片方の踵を粉砕骨折するという、あわや車が転倒し死者が出る大惨事となった。
リャンはそれまで南アフリカを訪れたことはなく、現地人と怨恨関係もなかった。リャンの車は時速120キロで走行中であり、犯人もまた並走する車内から狙撃した。車の前輪は撃ち抜かれ、リャンの両足は負傷した。
犯人の手際の良さから見て、彼らはプロの暗殺者であり、曽慶紅への抗議に向かおうとする学習者を標的とした、計画的な暗殺工作であった。
これは江沢民が法輪功への迫害を開始して以来、海外の学習者が受けた最も深刻な迫害事件となった。
現場を目撃した学習者は、「これは単なる発砲事件ではない。曽慶紅が殺し屋を雇い、海外で暴力的なテロ行為を行い、中国国内での虐殺を海外にまで延長させたものだ」と語っている。
迫害の推進
曽慶紅は海外で学習者を襲撃させただけでなく、中国国内における法輪功への迫害も積極的に推進した。
江沢民が迫害を開始した後、曽慶紅は中央組織部の会議や全国組織工作会議など、数々の場で繰り返し、各級党委員会や組織部門に対し法輪功との闘争に参加するよう煽動した。
2001年1月末、曽慶紅は法輪功への打撃を「最重要任務としてしっかり把握し、決して曖昧にしてはならず、容赦もしてはならない」と明確に指示した。
また、自ら湖南省や安徽省などへ赴き、迫害を直接監督した。彼が訪れた先々で大量の学習者が拘束され、衡陽市ではわずか6日間で1600名以上の学習者が連行された。
迫害に関与した高官の抜擢
曽慶紅は中央組織部長としての権限を使い、迫害に加担する官僚を次々と重用した。そして引退後も、人事権を握る「中央組織部」に配置した自らの腹心を裏から操り、法輪功迫害に加担した官僚たちを重要ポストに据え続け、その影響力を維持したのである。
彼が引き上げた高官には、周永康(元政治局常務委員・中央政法委書記)、薄熙来(元政治局委員・重慶市委書記)、蘇栄(元全国政協副主席)、周本順(元中央政法委秘書長)、李東生(元中央610弁公室主任)などが含まれる。
これらの人物はいずれも江・曽率いる「血債派」の要員である。彼らは無数の学習者が負傷、障害を負わされ、死亡し、さらには生きたまま臓器を摘出され、一家離散に追い込まれたことに対して、逃れられない重大な指導責任と法的責任を負っている。
彼らは国民のための実績を上げて昇進したのではない。江沢民や曽慶紅の忠実な部下として法輪功への迫害を冷酷に実行したからこそ、その地位を得たのである。そのため、彼らには人間として「越えてはならない一線」という道徳的なブレーキが、はじめから存在しなかった。
臓器収奪の黒幕
中共は学習者に信仰を放棄させるため、100種類以上の拷問を用いただけでなく、大規模な「臓器収奪」を行った。曽慶紅はこの犯罪の影の主導者である。
2006年に臓器収奪の暴挙が初めて海外で暴露されて以来、多くの専門家、学者、医師、弁護士、記者が調査を行い、中共による大規模な臓器収奪は客観的事実であると結論づけている。
2016年6月、カナダの元国務大臣デービッド・キルガー氏、人権弁護士デービッド・マタス氏、調査ジャーナリストのイーサン・ガットマン氏らが発表した報告書によれば、中国での臓器移植件数は年間約6万から10万件に上り、2000年から2016年までの累計は150万件に達する可能性があるという。その主な供給源は法輪功学習者であると考えられている。
米国在住の学者・何清漣氏は、薄熙来による遺体売買や周永康による臓器売買の背後には、共通の糸――「中央書記処」があると指摘している。中央組織部、中央宣伝部、統一戦線部、中央政法委などはすべてその管轄下にあり、当時の中央書記処の実質的な責任者は曽慶紅であったからだ。
結び
曽慶紅の権力への道は、『世界経済導報』事件で江沢民を支えたことに始まり、国有資産の横領を経て江派のナンバー2に昇り詰めるまで、腐敗と血の負債に満ちている。
南アフリカでの暗殺未遂、中国国内での迫害、そして臓器収奪という闇の鎖――。これらの罪は「法輪功迫害追査国際組織」によって永久に記録され、中国最高検察院、国連、国際刑事裁判所などに告発されている。
習近平の反腐敗運動は江・曽勢力に打撃を与えたが、首謀者の身柄を拘束するには至っておらず、曽慶紅は今も生きながらえている。しかし、天網恢恢疎にして漏らさず。正義は必ず下される。人間界による清算か、あるいは天罰か、遅かれ早かれすべてを償う時が来る。
真実が目覚めへの道を照らし、中国に公義ある明日が訪れることを願う。
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