「インフレ鈍化」という幻想 FRBが生んだ金融ファシズムの正体

2026/08/22
更新: 2026/08/22

論評

最新のインフレ統計について、今回もまた「鈍化している」と表現された。これは、状況は依然として悪いものの、以前ほどひどくはない場合に使われる決まり文句になっているようだ。しかし、実際に店で支払う価格とは何の関係もない「温度」を比喩に使うのは適切ではない。もっとわかりやすく言えば、物価は依然として勢いよく上昇し続けており、終わりは見えない。あらゆるものが値上がりしている。ただ、その上昇ペースが以前ほど速くないだけである。

逆の視点から計算すれば、ドルの購買力は依然として低下し続けているとも言える。ドルは全体として2019年当時の価値から最大40%を失っており、特定の分野ではさらに大幅に価値が低下している。これは「リアリティ・インデックス(Reality Index)」による現実的な計算であり、筆者によれば、消費者物価指数(CPI)よりも実際の生活実感をはるかに正確に反映している。CPIには、ヘドニック調整をはじめ、問題の深刻さを見えにくくするさまざまな統計上の手法が用いられているからである。

米連邦準備制度理事会(FRB)は、フェデラルファンド(FF)金利を引き上げることでインフレ率を抑え込もうとしてきた。これによって銀行の資金調達コストが上昇し、信用が引き締められる。理論上、この引き締め効果はイールドカーブ全体に及び、長期金利にも影響し、最終的には30年固定住宅ローン金利にまで波及する。これにより借り入れは難しくなる一方、物価上昇圧力が弱まり、場合によってはマネーサプライが縮小することもある。

では、実際にそうなっているのだろうか。ある程度はそうである。一時期は効果を上げていた。しかし現在、広義通貨供給量(M2)は再び増加に転じており、その伸びはインフレ率をやや上回り、さらに生産量の増加によって吸収できる水準も超えている。もし私の見方が正しければ、当面の間、インフレ率は3%を上回る状態が続くことになる。

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出典:米連邦準備制度理事会(FRB)、FRED®経由

新たにFRB議長に就任したケビン・ウォーシュ氏は、この問題への対応を迫られている。

しかし実際には、問題はウォーシュ氏が認識している以上に深刻である可能性が高い。この問題を理解するには、金融緩和がもたらす最も分かりやすい影響、つまり物価上昇だけを見るのでは不十分である。金利操作によって供給される緩和的な資金が、投資のあり方をどのように歪めているのかを検討する必要がある。

例えば、現在のフェデラルファンド(FF)金利について考えてみよう。誰もが金利は高いと思っている。しかし実際には、実質金利を把握するためには、インフレ率を差し引いて考えなければならない。インフレ率が3.4%で、FF金利が3.6%に設定されているとすれば、実質ベースではほぼゼロである。「リアリティ・インデックス」の数値を採用するなら、インフレ率は4.3%で、一般的な数値よりおよそ3分の1高い。その場合、現在の実質金利はわずかながらマイナスとなる。

金利がゼロ、あるいはマイナスであるとは、何を意味するのか。それは、個人や機関投資家にとって常に裁定取引の機会が存在するということである。資金を借り入れ、その資金をインフレ圧力によって価格が上昇している金融資産に投入し、そこから利益を得ることができる。これこそが現在の状況であり、実質的な利益が著しく不足しているにもかかわらず、株式市場がいつまでも上昇し続けているように見える理由でもあるだろう。

言い換えれば、資本主義の伝統的な仕組み――これについては後ほど説明する――は、生産構造の段階で根本的に壊れているのである。この問題はすぐには表面化しないかもしれない。しかし時間の経過とともに、資本主義を適切かつ均衡の取れた形で機能させるために不可欠な力を徐々に蝕んでいく。

この政策をより長い時間軸で捉え、現在どのような状況にあるのかを見てみよう。FF金利をインフレ率で調整すると、過去およそ四半世紀の大半にわたり、短期の実質金利がゼロ付近で推移し、時には大幅なマイナスにまで落ち込んでいたことが分かる。現在でさえ、従来の指標で見れば実質金利はゼロ付近であり、別の指標を用いればマイナスとなっている。

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出典:米連邦準備制度理事会(FRB)、米労働統計局(BLS)、FRED®経由

1950年代から1960年代にかけて実質金利が低かったことには、当時の高い貯蓄率という根拠があった。低インフレの環境では貯蓄することで高いリターンを得られたため、資本ストックは潤沢で、しかも拡大していた。しかし1970年代のインフレによって、その状況は大きく崩れた。そして1980年代には大規模な是正が行われ、高金利によって市場にあふれていた過剰流動性が吸収された。その結果、1982年から20世紀末まで続く実質的な経済成長の軌道に入ったのである。

1987年、当時のFRB議長アラン・グリーンスパンは、いわゆる「グリーンスパン・プット」と呼ばれる政策を打ち出した。金融市場を下支えするため、追加の流動性を供給したのである。一見すると、この政策はうまく機能したように見えた。しかし、それは最悪の意味で成功した。その後数十年にわたってFRBの政策を方向づけるシグナルを市場に送ってしまったからである。FRBの役割に、第3の柱が加わった。「市場を下落させないこと」である。そのためにFRBが使える手段は、実質的に一つしかなかった。すなわち、FRBが持つ唯一の「ハンマー」ともいえる、金利を操作する能力である。

そもそも金利とは何だろうか。それは、ほかの商品と同じく一つの「価格」である。信用の需要と供給を調整する役割を持つ。しかも、投資や貯蓄の判断に影響を与えるため、極めて重要な価格である。健全な通貨制度の下では、お金を貯蓄すればリターンが得られるべきである。それは、現在の消費を先送りしたことへの報酬であり、倹約したことによって得られる見返りである。一方、より差し迫った資金需要を持つ人々は、蓄積された貯蓄資金から借り入れ、自らの事業やプロジェクトに活用する。

健全な資本主義のもとでは、「時間的な資金のやり取り」と「貯蓄や投資の判断」が、市場の力によって自然とバランスするようにできています。

19世紀から20世紀初頭の経済学の古典を読めばわかりますが、本来の市場では、「お金を貸し出すときの金利(=貯蓄の収益率)」と「事業や投資で得られる利益率」は、長い目で見れば自然と一致する仕組みになっていました。

政府や中央銀行が口出ししなくても、市場の力(需要と供給)そのものが、人と企業の間でお金の貸し借りの価格(金利)を適正な水準に調整してくれるからです。

「グリーンスパン・プット」は、この金利を人為的に操作し、貯蓄する人を不利にする一方で、借り手や巨大金融機関を有利にする実験だった。時がたつにつれて、この実験はさらに大胆になっていった。ドットコム・バブル崩壊、9・11同時多発テロ、そして2008年の金融危機と続く中で、その傾向は強まった。やがて金融市場は、低金利で資金を借り、その資金を金融市場に投入して得た収益で借入コストを賄うという仕組みに依存するようになった。

その結果として生まれたものを、デービッド・ストックマン氏は「グレート・デフォメーション(The Great Deformation:大いなる歪み)」と呼んでいる。この仕組みが、本来あるべき資本主義の機能を根本からどのように歪めているのかを、初めて本格的に説明した人物が同氏である。よく言われる「金融化」の問題、つまりレバレッジを利用した金融取引があらゆる産業分野で実体的な生産活動を侵食し、本来の産業を押しのけてきたという問題は、まさにこのことを意味している。それは、こうした金利操作の直接的な結果なのである。

1950年代から1960年代にかけては、人々の貯蓄率が平均10〜15%と非常に高く、社会に潤沢な資金があったため、「低い実質金利」でも経済のバランスは保たれていた。しかし、現在の貯蓄率はわずか2.7%へと大幅に低下している。それにもかかわらず、現在も実質金利がゼロ付近に据え置かれている。

これでは、真面目にコツコツとお金を貯める倹約家が全く報われない。その一方で、借金を重ねてハイリスクな投機やカジノのようなレバレッジ取引に走る者ばかりが勝ち続ける異常な状態が続いている。筆者は、こうした不条理な現実を生み出した元凶のすべては、FRB(米連邦準備制度理事会)にあるとみなしている。

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出典:米商務省経済分析局(BEA)、FRED®経由

実際には、これは利益が出たときには民間がその恩恵を受ける一方、損失が生じたときには社会全体にその負担が押しつけられることを意味していた。その間、貯蓄する人々は安全な資金の逃避先を必死に探さなければならなかった。これは資本主義ではない。紙幣によってもたらされた「金融ファシズム」である。

その一方で、社会主義思想が台頭している。彼らは資本主義を標的にしているつもりだが、昔ながらの資本主義はもはや存在しない。私たちは現在、信用にあふれ、レバレッジに依存しきった世界に生きている。そこでは、紙幣が国内で利用されるだけでなく、国外へ輸出される主要な資産にもなっている。

この惨状からどのように抜け出すのか、その出口戦略について、これまで誰も十分に検討してこなかった。この混乱を解きほぐしていく新たなFRB議長の健闘を心から願っている。

この記事で述べられている見解は著者の意見であり、必ずしも大紀元の見解を反映するものではありません。
ブラウンストーン・インスティテュートの創設者。著書に「右翼の集団主義」(Right-Wing Collectivism: The Other Threat to Liberty)がある。