問われるべきは、億万長者の資産額ではない
一人の人間が持つ富は、どこまで膨らんでよいのだろうか。
イーロン・マスク氏が世界初の「1兆ドル長者」になる可能性が取り沙汰されると、反発の声が上がった。「彼はすべてを手に入れることになる」と、ある人気ユーチューバーは主張する。「あなたの家も、あなたの国も、あなたの政府も、彼のものになるのだ」と。
近年、コモンセンス(良識)派として知られるコメディアンのビル・マー氏も、こう問いかけた。「国内総生産(GDP)の1%を超える資産を持つことを禁じる法律をつくるのは、そんなにおかしなことだろうか」
実際、それはおかしな考えだ。私の新しい動画では、その理由を説明している。
富裕層を憎む人々は、しばしば富の総量には限りがあると考える。だから、マスク氏が1兆ドルを持っているなら、その分だけ、ほかの人々の取り分が減っているはずだと思い込む。
しかし、ビジネス倫理学の教授、クリス・フライマン氏は「それは事実ではない」と指摘する。自由市場では、企業が新たな富を生み出す。消費者がお金を払うのは、その対価として、自分のお金以上に価値があると考えるものを手に入れられるからだ。
車を買う人々は、自らの意思でマスク氏の企業にお金を払う。ほかの車よりも魅力的だと感じる車を、その企業がつくっているからである。
同じことは、アップルの共同創業者スティーブ・ジョブズ氏にも当てはまる。「ジョブズは億万長者になったが、その一方で、世界の人々は10億台ものiPhoneを手にした」とフライマン氏は言う。双方が納得して成立した取引なのだから、「それは恨むべきことではなく、むしろ祝うべきことではないでしょうか」。
バーニー・サンダース上院議員も、富の上限をめぐる議論では興味深い例だ。
かつてサンダース氏は「誰も年収100万ドルを超えるべきではない」と主張した。
ところが、その後、本人も百万長者になった。資産について問われると、こう答えたという。「ベストセラーの本を書けば、あなたも億万長者になれますよ!」
フライマン氏は、成功に上限を設けた場合の代償を指摘する。
「もし過去に成功の上限を設けていたら、私たちはおそらく、iPhoneも、ネットフリックスも、ドアダッシュも、アマゾンも、スポティファイも手にしていなかったでしょう」
ロボット掃除機も、エアフライヤーも、ウーバーも、地図アプリのウェイズもなかったかもしれない。私たちの暮らしは、億万長者や百万長者たちの創意工夫によって、確かに豊かになってきた。そこには、利益を追求する強い意欲も働いている。
もちろん、彼らが生み出す製品やサービスのすべてが社会に不可欠というわけではない。それでも、消費者が自らの意思でお金を払い、満足できるものを手に入れている限り、富の創出そのものを否定する理由にはならない。
それにもかかわらず、マスク氏が1兆ドル長者になる可能性が注目されると、登録者数200万人を超えるあるユーチューブ・チャンネルは、米国で純資産が9億9900万ドルを超える人に対し、資産の最後の1セントに至るまで課税すべきだと提案した。
これほど極端な課税をすれば、億万長者を目指す人は減るだろう。だが、それは社会にとって本当に望ましいことなのか。マスク氏が事業を通じて富を築く過程で、消費者もまた、その製品やサービスから利益を得ているのではないか。
マスク氏の自動車や衛星インターネットを利用するよう、誰かに強制されているわけではない。人々がお金を払うのは、それらの製品やサービスに、支払う金額に見合う価値を認めているからだ。
もっとも、マスク氏の事業に公的資金が関わる場面もある。米航空宇宙局(NASA)は、宇宙への物資輸送を民間企業に委託してきた。マスク氏率いるスペースXは、そうした輸送を担う企業の一つであり、NASA自身が担う場合と比べて、コストの削減に貢献してきたと評価されている。
このように、マスク氏の事業が公的資金と関わっているからといって、それが直ちに不当な利益を意味するわけではない。重要なのは、納税者の負担に見合う成果を上げているかどうかだ。
一方、政府が資金を投じる事業には、首をかしげたくなる例もある。
米議会は数十億ドルを投じ、電気自動車(EV)の充電設備を整備する計画を進めた。しかし、事業開始から3年以上が経過しても、一般に利用できる充電スタンドの設置数はわずか384基にとどまったという。
同じ期間に、テスラは3万5000基を超える充電スタンドを設置した。
「資金や資源をより有効に活用するのは、どちらでしょうか。起業家でしょうか、それとも政府の役人でしょうか」とフライマン氏は問う。
起業家には、自らの資金を投じ、事業の成否に責任を負うという動機がある。政府の事業では、税金という他人のお金を使うため、民間企業と同じ市場の規律が働くとは限らない。
どれほど利益を追求する企業であっても、消費者に選ばれなければ事業を続けられない。消費者には「買わない」という選択肢がある。企業はその厳しい現実に向き合わなければならないのだ。
ただし、私はすべての億万長者を擁護するつもりはない。
不正によって富を築いた者もいる。
バーナード・マドフは、投資家を欺く巨額の詐欺を働いた。暗号資産交換業者FTXを率いたサム・バンクマン=フリード氏も、顧客や投資家の資金をめぐる不正で有罪となった。
また、プーチン大統領やキューバの元国家評議会議長フィデル・カストロのように、政治権力を背景に富を築いたとされる人物もいる。こうした場合、人々が自発的な取引を通じてお金を支払ったわけではない。権力や強制が富の獲得に介在しているのである。
「フィデル・カストロを擁護するつもりはありません」とフライマン氏は言う。カストロの死去時、その資産は9億ドルと推定されていた。「彼は強制によって富を手に入れた。それは問題です。しかし、人々のために財やサービスを生み出し、それを提供することで9億ドルを稼いだのなら、そこに上限を設ける理由はありません」
ここで重要になるのが、富を生み出す仕組みの違いである。
競争と自発的な取引を通じて富が築かれる資本主義と、政治権力や政府の特別扱いによって利益がもたらされる仕組みは、同じではない。後者では、消費者に選ばれることよりも、権力者とのつながりが富を左右しかねない。いわゆる縁故資本主義である。
億万長者を批判する人々は、ときに、この違いを見落としている。
問うべきなのは、富の多寡だけではない。富の築き方こそが重要なのだ。
詐欺や窃盗、強制、政府による不当な優遇によって富を得たのであれば、不正を追及し、法に基づいて責任を問えばよい。不当な優遇をなくし、公正な競争を確保することも必要だ。
一方、人々が自らの意思で製品やサービスを選び、その対価を支払った結果として富が築かれたのであれば、資産の大きさだけを理由に、その成功を否定するべきではない。そうした起業家の挑戦が、新たな製品やサービスを生み出し、私たちの生活を豊かにしてきたからだ。
私は、米国で1兆ドル長者がさらに増えることを願っている。

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