特別リポート:飢えと腐敗、ベネズエラ中国事業の「負の遺産」

2019/05/17
更新: 2019/05/17

Angus Berwick

[トゥクピタ(ベネズエラ) 7日 ロイター] – その中国プロジェクトで、数百万人の生活を支えられるようになるはずだった。カリブ海に面したベネズエラのデルタアマクロ州で、中国の建設会社が、故チャベス大統領との間で大胆な合意を交わした。

この国有企業が、新たな橋や道路、食品工場のほか、ラテンアメリカで最大の精米工場を建設する、というものだった。

ロイターが確認した契約文書のコピーによると、中工国際工程(CAMC)<002051.SZ>が2010年に交した合意は、ニューヨークのマンハッタン島の倍の広さの水田を開発し、地元に11万人の雇用を創出するという計画だった。

ベネズエラの社会主義政府が、貧困層支援という公約への取り組みを示すのに、この未開発の州は格好の場所だった。また、チャベス前大統領と、彼に後継者として指名されたマドゥロ現大統領が、豊富な石油資源を持たない地域の開発のために中国や他の同盟国から協力を得られることを示せる機会となるはずだった。

「コメの力!農業の力だ!」と、当時チャベス氏はツイートした。

9年後の今、地元住民は空腹を抱えている。

実現した雇用はわずかで、精米工場は半分しか建設されておらず、計画の1%未満しか生産していない。地元産のコメは1粒も生産されていないと、同計画に詳しい10人以上の人物が語る。

それでも、CAMCや、ひと握りのベネズエラ側パートナー企業は潤った。

頓挫したこの開発計画を巡って、ベネズエラがCAMCに少なくとも1億ドル(約1100億円)を支払ったことが、契約書や、欧州検察当局が裁判所に提出した捜査書類から分かった。

ロイターが確認したこの書類は数千ページに及ぶもので、アンドラ公国の裁判所に提出された。スペインとフランスの国境地帯にあるアンドラが、計画にかかわったベネズエラ人が契約締結の見返りとして受け取ったキックバックを洗浄する舞台になったと検察は主張している。

アンドラ上級審の裁判官は昨年9月の起訴状で、精米工場建設計画のほか少なくとも4件の農業関連の契約を確実にするため、CAMCがベネズエラの複数の仲介者に1億ドル以上の賄賂を支払った容疑を指摘した。

この時、ベネズエラ人12人がマネーロンダリングやそれを共謀した罪で起訴された。その中には、契約締結を可能にしたと検察側が指摘する元ベネズエラ石油相のいとこのディエゴ・サラザル氏や、当時のベネズエラ国営石油会社(PDVSA)の中国代表が含まれていた。

関連書類によると、このほかに他国籍の16人が起訴され、当時ベネズエラの駐中国大使で、現在は駐英大使として務める人物を含めたベネズエラ人少なくとも4人が捜査対象となっている。

起訴の事実や、起訴された人物の名前、中国企業との関連は、スペイン紙エルパイスが昨年報じた。ロイターは、アンドラ当局が現在も公表していない捜査書類を検証。CAMCや他の中国企業が、起訴された人物の多くに接近し、契約を勝ち取るために多額の賄賂を渡しながら事業の多くを完成させなかった実態が明らかになった。

その結果、オフショア口座を経由したキックバックの風習がまん延し、人脈を持つベネズエラ人仲介者が私腹を肥やした一方で、立ち遅れた地域の開発プロジェクトが最終的に頓挫することになったと検察は主張している。

今回、以下の事実が初めて明らかになった。

●CAMCは、少なくとも5つの農業プロジェクト、総事業費30億ドルを建設すると約束したが、完成させなかった。

●ロイターが確認した契約書類や事業計画書によると、同社は、問題となった2億ドルのコメプロジェクト契約のうち、少なくとも半分の額を受け取ったほか、その他の4つのプロジェクトについても契約額の少なくとも4割を受け取った。受領総額は少なくとも計14億ドルだが、事業は完成しなかった。

●CAMCは、仲介者に1億ドル以上を支払った。検察側は、これがベネズエラとの契約を進めるためのキックバックだったとしている。

CAMCやその幹部は、起訴されていない。

北京に本社があるCAMCはロイターに対し、起訴された内容には「多数の不正確な点」が含まれるとしたが、詳細な説明は避けた。

中国外務省はロイターに宛てた声明で、ベネズエラにおける中国企業による贈賄容疑についての「報道」は、「明らかに事実を捻じ曲げて誇張したもので、隠れた動機に基づいている」と述べた。

ベネズエラ政府の広報を担当する通信情報省、そして問題となった契約の多くに絡むPDVSAは、コメントの求めに応じなかった。

チャベス氏が築き、マドゥロ氏が現在率いる左派政権は、最大の脅威に直面している。西側民主国家の多くの支援を受ける野党側は、マドゥロ氏が再選を果たした昨年の選挙は非合法だったと主張し、野党指導者のフアン・グアイド氏が正当な指導者だとしている。

ベネズエラの政治危機は、ハイパーインフレーションや大量の失業、そして失望した市民の国外脱出による経済崩壊が引き金となった。ベネズエラ人は、慢性的な食糧や電力、水の不足に悩まされている。これらは、デルタアマクロ州で描かれたようなプロジェクトによって改善されるべき基本的ニーズだ。

深刻な物資不足とプロジェクトの失敗は、かつて豊かだったこの国と3000万の国民が、腐敗と縁故資本主義によって、いかに貧困に突き落とされたかを浮き彫りにしていると野党側は主張する。

マドゥロ大統領は2017年の演説で、石油から、住宅、電気通信部門まで、中国企業との間で790件のプロジェクトが契約されたと述べた。このうち、495件が完成済みという。プロジェクトの事情に詳しい複数の人物によると、一部の事業は賄賂が原因で頓挫し、その他は監視や能力の不足で計画が狂ったと話す。

デルタアマクロ州では、政府の当局者までもが、両方の原因が相まってコメプロジェクトがだめになったと話す。

「政府がこの計画を放棄した」と、CAMCと連携した政府の地方開発担当部門で州コーディネーターを務めるビクトル・メサ氏は言う。 「全てが失われた。全てが盗まれた」

機密性の高い銀行関連法により長年租税回避地となってきたアンドラの検察当局は、国内の金融セクターを浄化する一環としてベネズエラがらみのマネーロンダリング疑惑捜査を始めた。

起訴状によると、ベネズエラ関係者は、アンゴラの銀行バンカ・プリバダ・ダンドラ(BPA)を通じて資金を受け取っていた。

アンドラ政府は、米国がBPAがマネーロンダリングに関わっていると指摘したことを受け、同行を2015年に管理下に置いた。同国裁判所はその後、BPAの元従業員25人を、ベネズエラ関連も含めたマネーロンダリングで有罪としている。

アンドラ当局は、CAMC絡みの農業プロジェクトのほか、同社の水力発電事業計画や、別の中国国有企業である中国水利水電建設集団(シノハイドロ)[SINOH.UL]が建設した発電所4件についても捜査。これらの発電所がフル稼働したことはなく、近隣の町では停電が常態化している。

ロイター記者が最近、デルタアマクロ州を訪れたところ、CAMCの精米工場は未完成のままだった。コメが入っていたのは、10台あるサイロのうち1台だけで、一部の機械は動いていたが、処理されていたのはブラジル産のコメだった。近くの水田は休耕中で、食品工場は未完成だった。道路や橋も建設されていなかった。

<何も生産していない>

人口8万6000人のトゥクピタは、デルタアマクロ州の州都だ。南米最大級の河川の1つであるオリノコ川の支流マナモ川のほとりに位置し、かつては内陸の工場からカリブ海などの商人に物資を運ぶ船の停泊地だった。

政府は1965年、マナモ川にダムを建設。船は通れなくなり、淡水が後退して海水が内陸まで入り込むようになった。これにより土地がやせ、1999年にチャベス氏が大統領に就任したころには、農業はあまり行われなくなっていた。

「子供のころは、至るところでコメを育てていた」と、地元の農学者ロゲリオ・ロドリゲス氏は言う。「今は、何も作っていない」

2009年、チャベス氏と、当時、中国の国家副主席だった習近平氏は、2007年の開発合意で作った共同ファンドの拡張に合意した。

「中国に感謝しようじゃないか」。首都カラカスで行われた式典に習氏と共に臨んだチャベス氏は、こう述べた。そして、中国に「向こう500年」石油を供給すると約束しつつ、デルタアマクロ州の地図を指さした。

「習氏よ、見ろ」。チャベス氏はこう呼びかけ、同州を活性化させる計画を発表した。

CAMCのLuo Yan会長のほか、チャベス氏の側近で、PDVSAを率いて石油相も長年務めたラファエル・ラミレス氏も、式典に出席していた。この式典の直後から、開発計画への参入を目論む企業が押し寄せるようになった。

ラミレス氏のいとこで前出のサラザル氏は、絶好の立場にいた。

サラザル氏の父は、元共産ゲリラの文筆家で、後年は議員となりチャベス氏の盟友になった。その息子であるサラザル氏は、カラカスで経営していたコンサルティング会社で、血縁や議員とのコネを存分に利用した。PDVSAの本社近くに構えたオフィスから、ラミレス氏や他の政府高官との面会に頻繁に出かけていた、と周辺者は話す。

ラミレス氏は2014年に石油相を退任し、2017年までベネズエラの国連大使を務めた。その後、マドゥロ氏はラミレス氏が汚職を働いたとして公に批判している。だがラミレス氏はアンドラのケースでは起訴されておらず、ベネズエラでも刑事訴追はされていない。現在はベネズエラ国外に住み、反政府の立場を取る。

習氏が出席した式典が行われた当時、チャベス氏はPDVSAを、石油に関係ない事業を多数含む開発プロジェクトの拠点にしていた。PDVSAアグリコーラと呼ばれる部門が新設され、食糧増産に取り組んだ。

事業多角化により、PDVSAには、各種契約や、ベネズエラの開発銀行が管理する資金が集まるようになった。2010年までに、中国国家開発銀行(CDB)から320億ドル、チャベス氏が創立したインフラ整備ファンドから60億ドルが、ベネズエラの開発銀に振り込まれている。

サラザル氏は、強いコネを持つコンサルタントとして、ベネズエラでのビジネスを仲介するため、中国の企業幹部に近づいていった。毎月のように中国に出張し、CAMCなどの企業との橋渡しを頼むため、現地のベネズエラ当局者に金銭を支払い始めた。

「私の仕事は、会議や出張、プロモーションを通じて、契約に署名するよう説得することだった」と、サラザル氏はアンドラ当局の捜査官に述べている。

サラザル氏はアンドラ当局の事情聴取に対し、BPAをオフショア銀行として利用したのは、他の裕福なベネズエラ人が利用していたのを知っていたためだと述べた。ピレネー山脈の静かな谷間に位置するBPAは、高リスク国の顧客の資金を管理する機密性の高い金融機関として知られていた。

アンドラ当局がベネズエラ政府に情報照会を行ったことを受け、ベネズエラの裁判所は2017年、汚職やマネーロンダリングなどの容疑でサラザル氏を逮捕するよう命じた。

サラザル氏のアンドラでの弁護士はロイターへのメールで、中国当局が資金の受け取り企業を決定しており、サラザル氏や仲介者に決定権はなかった、と述べた。

サラザル氏のコンサル会社は、「プロフェッショナル」で「テクニカル」なサービスを多くの中国企業に提供したが、「こうした企業で、実際に事業を受注できたのは、ほんの一握りだった」としている。

もう1人、サラザル氏を支援したと検察がみているのが、元ベネズエラの中国大使で、現在は英国大使を務めるロシオ・マネイロ氏だ。

マネイロ氏は、アンドラの捜査では起訴されていない。同氏の証言に関する検察の捜査書類も含めた様々な裁判所書類は、サラザル氏から受け取った資金や、同氏を中国企業に橋渡ししたことについて、マネイロ氏が「捜査対象だ」としている。

裁判所の書類に含まれていた銀行記録によると、サラザル氏は2010年、マネイロ氏名義の中国の銀行口座に「マネイロ氏が提供したサービス」の代金として3万ドルを送金している。

その後サラザル氏は、マネイロ氏の所有であることが照会書類で確認されたパナマ企業のBPA口座に、計1300万ドルを入金している。マネイロ氏は、弁護士などを通じ、サラザル氏を支援したことや、同氏から金銭を受け取ったことを否定した。

<ブリーフケース一杯の契約>

2010年の初めごろまでに、サラザル氏の働きは結実した。

前出のシノハイドロは同年3月、PDVSAとの間で、マラカイの町の近郊に発電所を建設する3億1600万ドルの契約を結んだ。

この契約で、シノハイドロは「契約を結ぶために有利な立場を得る」ことに尽力した対価として、サラザル氏に10%の手数料を支払うことになった。

捜査書類に含まれる銀行記録によると、同社はサラザル氏のBPA口座に4900万ドルを振り込み、PDVSAとの間で追加の発電所建設契約を確保した後で、さらに7200万ドルを入金している。

シノハイドロは最終的に4カ所の発電所を建設したが、契約で定められた仕様を満たすものは1つもなかった。例えば、マラカイ近郊の発電所は、最大382メガワットの電力を発電する予定だったが、実際には多くても140メガワットしか発電できていないと、ベネズエラ国有電力会社の元幹部ホセ・アキラル氏は言う。

サラザル氏のコンサル会社は間もなく、年間1億ドル以上を稼ぐようになったと、同氏や複数の部下が証言している。

「(サラザル氏は)ブリーフケース一杯の契約を抱えていた」と、やはり起訴された部下の1人はアンドラの捜査官に話している。「契約を結べるところならどことでも結んだ。中には、プロジェクトを一切実行に移さない企業もあった」

カネが流れ込むにつれ、サラザル氏の金遣いは派手になった。ホテル滞在に数万ドルを遣い、贈り物に数百万ドルをつぎこんだ。

カラカスの宝石商で、高級時計メーカーのロレックスやカルティエの時計83本を100万ドルで購入したことが、捜査書類に含まれた請求書から明かになった。BPAに宛てたメールで、サラザル氏側は時計は「親戚や友人への贈り物」だったとしている。

2010年4月、アンドラ当局はサラザル氏の捜査を始めた。フランスの捜査当局が、サラザル氏がその当時行った送金について、アンドラ側に問い合わせを行ったのだ。それによると、サラザル氏は自身のBPA口座から、「サービスへのチップ」として、パリのホテル従業員に9万9980ドルを送金していた。何のサービスかは明らかになっていない。

同年5月には、コメプロジェクトの交渉が始まった。

その月、前出のサラザル氏の部下がCAMCの副社長とカラカスで面会したことが、両者が署名した契約書で判明している。この契約書は、同社がライスプロジェクトを勝ち取ることをサラザル氏が支援することに対し、同プロジェクトの契約額の10%を支払うことになっている。

数カ月のうちに、PDVSAアグリコーラは、ライスプロジェクトを2億ドル相当と見積もった上で、CAMCに事業を発注した。

CAMC側は、さらなるプロジェクトの契約締結に向けて、サラザル氏との間でもう一つ合意文書に署名した。銀行記録によると、CAMCはその6月、サラザル氏のBPA口座への総額1億1200万ドルの送金の第1弾を実施した。

デルタアマクロ州では、プロジェクトが着工した。

2012年までに、CAMCはベネズエラの開発銀から契約の半分にあたる1億ドルを受け取った。同社は、掘削機や蒸気ローラーなどの重機を中国から持ち込んだ。

だが、工事の進捗は遅かった。

掘削機が1台、泥にとらわれて動けなくなったまま放置された。中国人の現場監督はほとんどスペイン語が話せず、現地作業員との意思疎通に苦労したと、プロジェクトに関わったエンジニアは証言する。

同年11月、アンドラの裁判所は、マネーロンダリングの疑いでサラザル氏と前出の部下、他のベネズエラ人6人のBPA口座を凍結した。2013年には、検察当局がサラザル氏らの1年がかりの聴取に乗り出した。2015年3月、アンドラ政府はBPAを管理下に置いた。

最近では1バレル100ドルを超えている原油価格は、同年は半分以下に落ち込んでおり、ベネズエラ経済は大打撃を受けた。

CAMCは、ライスプロジェクトに派遣していた社員ら40人を引き揚げたと、関係者は話す。地元住民は、CAMCが打ち捨てていったスクラップなどを略奪し、仕事を失った従業員は残ったケーブルや電球などを売り払ったと、元マネージャーらは言う。

それでも、マドゥロ氏はこの未完成案件をなんとかしようと試みた。

今年2月、カストロ農業生産土地相は、「ウゴ・チャベス」工場」の開所を宣言し、ベネズエラと中国の国旗で飾られた米袋の前でテープカットを行った。CAMC側の出席者はいなかったと、式典に出席した人は話す。

1時間あたり18トンのコメを処理できる機械の代わりに、従業員が手作業で輸入米を袋詰めしている。

「ここで育てられているコメは1グラムもない」と、地元住民のマリアノ・モンティヤさん(47)は言う。低地で何とか穀物を栽培してしのいでいるという。

チャベス氏の当初の計画は「革命的なアイデアに思えた」と、モンティヤさんは言う。「でも今や、われわれは飢えている」

(翻訳:山口香子、編集:下郡美紀)

Reuters
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