元中共高官ら、「氷点週刊」停刊など、中共のメディア規制を厳しく批判

2006/02/16
更新: 2006/02/16

【大紀元日本2月16日】大紀元ウェブサイト中国語版などで15日、中国共産党元幹部ら13人らが、中国青年報「冰点周刊」の停刊処分など言論統制の動きについて、党宣伝部のメディア規制を批判する共同声明を公表した。元幹部らはいずれも胡耀邦時代の改革論者。同声明は内外メディアの注目を集め、共同通信は「政治的発言を規制している中国での当局批判は異例」と報じた。

以下は、共同声明の全文。

氷点事件に関しての共同声明

2006年1月24日、結局『氷点』は中央宣伝部により共青団中央宣伝機関の手を借りて停刊処分を受けた。これは中国メディア界を長年支配してきた悪質な管理制度の集中的な表れである。これは中国メディア界の重大かつ歴史的な事件である。

歴史はこう証明している、強権体制だけがメディアの管制を必要とし、永遠に大衆から真相を隠すことを妄想し、愚民政策を貫徹し、「独断」がいつまでも保たれるよう図る。しかし、現実はまたこのように非情な証明をしている。悪質なメディア管制の土壌から、李大同、盧躍剛、杜湧涛、賀延光ら表面上貧弱だが、芯がしっかりしており活気ある『氷点』のような群体を生み出すことは運命付けられているのだ。これは歴史的唯物論であり、生活の弁証法であり、いかなる人の欲望によっても変わることはない。

『氷点』は10年間、その理念をしっかりと守ってきたが、それは容易な事ではない。多くの書き手の知恵と良知を集めて発表し、世論が権力を監督して社会を変えるという巨大な力を体現し、幅広く称賛を受け続けてきた。このような先進性を示している党の週刊紙であったが、故意に停刊させられた。その知らせを聞いて、両岸の世論は驚きと予想外との声をあげ、全世界はショックを受けるのも当然であろう。

事の起こりには原因がある。それは決して個別の事件ではない。中央宣伝部がここ数年何度も新聞・雑誌を停刊させたり、人事異動をさせたりして悪質な管理を続けてきた。たとえば、「新京報」「嶺南文化時報」「全世界経済導報」「南方週末」「南方都市報」「書斎」「同舟共進」「方法」「戦略と管理」などに対してである。それらの決定の大部分は中央宣伝部内の「閲覧評価グループ」からである。中央宣伝部 は「宣伝」を「管制」へ異化して政府の権力を代行し、職務権限を越えており、違憲と言える。「閲覧評価グループ」は最初から「閲覧」を「審査」で替え、「評論」を「判定」で替え、まったく名実相伴わない。彼らは世論を締め付け、言論の自由を剥奪するため、レッテルを貼ったり、攻撃をしたりする上、各種のブラック・リストまで作り、陰で調べては機会を狙って攻撃する。時には一つの電話による指示だけですべての過程を完成してしまい、相手に弁明の権利をまったく与えない。彼らのやり方は横暴でたらめであり、全く法律の制約を受けない。知っている限り、中央は一度も彼らにそういう特権をあたえていない。彼らは甚だしきに至っては、第16期5中全会で通った公文書の精神にも背き、法制を励行すること、法をもって国を治める国策を実質的にないがしろにしている。人々はこう質問するだろう。宣伝機関はメディアを保護せず、言論の自由を保障しないのでは、何の役に立つだろうかと。

彼らが勝利し喜んで祝った後を見てみよ、マスコミは活気を失い、メディア業界はほとんど衰退した。議論は聞こえてこないし、調和なども見えない。「主流意識」もどこまでいったのかも分からない。

しかし、私達はかつて「自由がなければ、死んだほうがましだ」と高らかに歌って革命に参加したのではないか。確かに、私達はみなもう人生の晩年にあるが、鋭気が少しも減っていないと自負を持っており、そこで梁任公にあやかり、「今日の私をもって昨日の私と戦うことをいとわない」ことにした。六、七十年の教訓を振りかえって、歴史の風雲からみると、いったん言論の自由を失ったら、権力者はひとつの音しか耳にすることができないことを十分知っている。人の気持ちがのびのびし、政事が順調で人心が穏やかなど、あり得るだろうか。目下天下の情勢を見て、もうひとつのルールを悟った。中央集権体制から立憲政治の制度へ軌道転換する歴史の重大な時期において、人に自由に話させることができず、大衆の言論の自由を剥奪すれば、きっと政治の軌道転換、社会の転換に禍根を深め、群集の対抗を誘発し、動乱を招くだろう。古今を通じて、執政者は暴力で強権政治を維持して、どれだけの深い教訓を得たのか、私達はどうしてわすれることができるだろうか。

言論の自由は、執政能力を高めるには一日も欠かすことができない。そのアンダーラインは、保障することにあり、与えるのではなく、更に恩賜するものではない。保障するための基本要求はこうである。政権は国家の需要で制限を加えてはならず、例えば「安定」を口実に剥奪してはいけない。経験はこう証明している、言論の自由への道を広く開くのは「安定」に役立つ。孫志剛事件の処理は最もよい例証である。自由な世論は抑圧を釈放し、社会の対立を緩和し、そしてある程度司法の欠陥を補う。汕尾事件の教訓、更に反面から私達の論断を証明した。

言論の自由の意義は固有の文明を守ることになく、絶えない革新を誘導することにある。言論の自由を取り消すのは必ず創造力の展開を妨げるので、できるだけ早く立法し、公民の自由な権利を拡大し、メディアの言論の自由を保護し、それによって国家の進歩、社会の健康発展を促進する。フランス大革命時の「人権宣言」、第二次世界戦争後登場した国連の「世界人権宣言」は、いずれもモデルとなりうる条項があり、それを参考にするのはどうだろうか。

以上を概括して、次の通り要求する。

一、中央宣伝部は氷点事件について中央に書面報告を提出し、深く検討し、教訓をくみ取り、「閲覧評価グループ」を撤廃すること。

二、全面的に「氷点週刊」を回復すること、後で責任追及しないこと。

三、できるだけ早く「メディア保護法」を出し、すべての悪質なメディア管制法を廃止し、メディアの職業権利を保障すること。

「自由のために殉じることは望みであり、終始拘禁されることに甘んじない…自由が訪れるところ、喜びで日々を迎える」。これは先輩方が獄中で高らかに歌った「自由頌」である。私達は、先輩方の血の跡を踏みながら、薄力を尽くし、公民の自由の権利を守りに行く。私達は「氷点」とともに前へ進む。

署名(姓の画数順):

江平 朱厚沢 李鋭 李普 何家棟 何方 邵燕祥 張思之 呉像 鐘沛璋 胡績偉 彭迪 戴煌

2006年2月2日、北京にて

この文は筆者の観点と陳述だけを代表する。

*訳注:現段階分かっている署名者の身分(ほとんどが70歳以上)

江平   元全国人民代表大会(全人代)常務委員、中国政法大学教授(法律界の元老)

朱厚沢  元中共中央宣伝部長

李鋭  元水利省次官、毛沢東秘書

李普  元国営新華社副社長

何家棟 元「経済学週報」編集長、工人出版社常務副社長兼副編集長

何方  元 中共党総書記張聞天氏の秘書、中共党史専門家

邵燕祥 著名作家、詩人

張思之 著名人権弁護士

呉像   古参知識人

鐘沛璋 元共青団中央政策研究室主任、中共中央宣伝部新聞局長、中国青年報社長兼編集長

胡績偉 元人民日報編集長

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