特集巨災リスク:金融市場による危機分散進まず、「平均化」する地方債

2020/01/18
更新: 2020/01/18

伊賀大記 坂口茉莉子

[東京 17日 ロイター] – 大規模な自然災害が多発しているにもかかわらず、日本では金融市場を通じたリスク分散が進んでいない。国の手厚いバックアップで、地方債におけるリスクの違いは平均化。国に集中するリスクはいざというときに危機対応力を低下させるおそれがある。CAT債(大災害債)など再保険の手段も「誤解」が普及のブレーキになっている。

<違いみられぬ地方債>

ここ数年、日本では大規模な自然災害が多発している。もっとも、災害が多い地域では、地方債と国債のスプレッド(利回り差)が広がっているかというと、そうではない。

1995年の阪神淡路大震災時は、神戸市や兵庫県が発行する地方債にリスクプレミアムが乗った。しかし、2011年の東日本大震災後には、宮城県や福島県が起債しても、発行水準への影響はみられなくなり、現在も同じような状況だ。

その違いは、各自治体の財政健全化努力もあるが、政府のバックアップが手厚くなったことも大きな要因だとみられている。阪神大震災当時は、神戸も兵庫も多額の借金を抱えざるを得なかったが、いまは夕張市(北海道)の財政破綻が教訓となり、「自治体財政健全化法」という強力な法律ができており、地方自治体の財政破綻を未然に防ぐ体制となっている。

米国では、何かあった場合は、各州が責任を持つ。ニューオーリンズのハリケーンのような大規模災害の時は国からの援助が入ったが、日本とは違い、連邦政府がすぐに支援することは前提となっていない。このため米国では、大規模な山火事などの災害があった場合、地方債にリスクプレミアムが乗る。

「日本の地方債残高は約100兆円。一般債の3割以上の規模だ。ここから、コンテイジョン(連鎖)リスクを発生させてはいけないと、政府もすぐに措置を講じるため、地方債ごとのリスクの違いが出にくくなっているのが現状だ」と、野村資本市場研究所の江夏あかね氏は話す。

慢性的な低金利環境によって、少しでも利回りが高い債券にマネーが殺到するイールドハントの動きも「平均化」の要因だ。「いざスプレッドが復活する場合、適正な価格発見機能が失われてしまっている可能性が大きい」(マネックス証券のチーフ・アナリスト、大槻奈那氏)と警戒する声もある。

<自然災害による格下げ>

国が何でもかんでもリスクを引き受けることがいいとは限らない。国自体のリスクが高まるからだ。

セント・マーチン島。カリブ海に浮かぶ小さな島だ。島の北側はフランス領、南側はオランダ領に分割されている。そのオランダ領「シント・マールテン」の発行体格付けをムーディーズは昨年6月、Baa2からBaa3に格下げした。

2017年にカリブ海を襲ったハリケーン「イルマ」。そこで負ったダメージからの経済回復が当初予想よりも弱いことが主因だ。社会構造の弱さも、オランダからの救援の妨げとなり、復興が進まず、景気が悪化、財政赤字が拡大し政府債務が膨らむという悪循環に陥っている。

ムーディーズでは、自然災害によって起きるクレジットリスクを格付け評価にすでに組み込んでいる。政府のファイナンスや国のマクロ経済的安定性などへの影響可能性を計算に入れており、一般的に自然災害が1つ起きたからといって、すぐに格付けを変更することはない。

「日本は、自然災害に見舞われる一方、そのインパクトは、国全体でみれば限定的であり、政府の債務返済能力に影響を与えない」と、ムーディーズ・インベスターズ・サービスのMarie Diron氏は判断している。

しかし、「シント・マールテン」が苦しむ状況をみると、他人事とは片付けられない。ハリケーンの影響で、同国の経済成長率は急低下。財政赤字は14年から16年平均のGDP比2.5%から2019年は6%に増加し、政府債務は16年のGDP比26.4%から43%に膨れ上がる見通しだ。

国としての耐久力をそのまま比較することはできないが、日本を大規模な自然災害が襲った場合、同じようなルートをたどって経済に影響を与える可能性がある。自然災害を受けやすい諸島に対する評価であるものの、「高い債務残高はショックに対する国の吸収力を低下させる」とのムーディーズの指摘は、日本にも当てはまりそうだ。

<CAT債をめぐる誤解>

自然災害にマネー面から備える1つの方法はリスク分散だ。多くの主体にリスクを分散させることで、1社が負担に耐え切れず破綻したことで対応が進まないなどのリスクを低下させることができる。それには金融市場(マーケット)の仕組みを使うのが効率がいいが、現状は思うように進んでいない。

CAT債(大災害債)。1つの災害で大損害を被らないように保険に保険を掛ける再保険手段の1つだ。市場規模は、世界で約3兆円。日本のシェアは1割程度で、三井住友海上火災保険などが発行している。

発行額は1994年の登場以降、右肩上がりで伸びてきたが、2017年・18年と2年連続で大きな災害が発生。元本を毀損することになった。このため、2019年の発行額は前半で大きく減速するなど、市場規模は伸び悩んでいる。

「災害で金もうけをする投資家」という誤解もある。災害が発生してリスクを負うのはCAT債を買った投資家だ。ある程度高い利息リターンを得ることができる代わりに、大きな災害が起きれば、元本が毀損される仕組みであるためだ。

「CAT債の発行が伸び悩むと、災害リスクの分散は十分進まない。マーケットを活用したリスク分散が広がることが望まれる」と三井住友海上火災保険の再保険部・プロパティリスク出再チーム長、松岡秀一郎氏は話す。

ESG(環境・社会・企業統治)など、環境に対するプラス面からの市場の織り込みは広がり始めている。その半面で、マイナス面におけるリスク分散が金融市場で広がることも、堅牢な危機対応体制に欠かせない。

 

(お知らせ)

1995年の阪神大震災から25年。2011年にも東日本大震災を経験した日本列島は、新たな脅威として、気候変動による水害リスクに直面しています。治水や気象予報技術の発達にもかかわらず、大規模な豪雨や浸水が毎年のように発生する日本。19年10月に首都圏を直撃、東日本を中心に河川氾濫による大規模浸水をもたらした台風19号の被害も記憶に新しいところです。

次々と起こる自然災害に対し、私たちの備えはどこまでできているのか。経済活動や市場に及ぼす影響は──。

ロイターは、災害対策の現状と今後、金融市場への影響などについて幅広い取材や調査をもとに検証しました。

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*タグを修正し、写真を変更しました。

 

(編集:内田慎一)

Reuters
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