大紀元時報
掛谷英紀コラム

ちびまる子ちゃんやドラえもんにみる 家庭教育という社会資本

2020年03月27日 15時40分
2006年4月、東京の上野公園で、幼い娘に満開の桜を見せる父親(Getty Images)
2006年4月、東京の上野公園で、幼い娘に満開の桜を見せる父親(Getty Images)

新型コロナウイルス感染が世界規模に拡大している。今のところ、日本は他国に比べると感染を抑制することに成功している。(もちろん、今後どう推移するかは全く分からないので、引き続き厳重な警戒が必要である。)

欧米に感染が広がっていない頃は、日本でもトイレットペーパーの買い占めがあり、マスコミは日本の民度の低さを揶揄していた。しかし、欧米に感染が広がると、その買い占めの規模は日本を遥かに超えるものだった。日本のマスコミはダイヤモンド・プリンセス号乗客の船内隔離を批判し、一般市民に対しても検査をもっと増やすべきだと繰り返した。しかし、クルーズ船乗客の早期下船や積極検査などの対応を行ったイタリアでは、医療崩壊により感染が拡大し、新型コロナウイルスによる死者数はついに中国を超えるに至っている。マスコミの言うとおりにしていたら、日本も大変なことになっていたと想像される。こうしたマスコミの無責任な意見に安易に流されないところに、日本の民度の高さを感じる。

日本での感染が欧米ほど広がっていないことに、日本にいる留学生も驚きを隠しきれないようで、その理由は何かと聞かれることがある。2009年の新型インフルエンザ流行のときも、日本は他国に比べて被害が小さかった。充実した医療制度、対人距離をとる社会習慣、衛生に関する国民意識の高さなど、種々の要因は既に挙げられているところである。私はそれらに加えて、家庭教育という社会資本がまだ残っていることを挙げたい。特に、マスコミの情報に国民が流されにくい点は、家庭教育に依るところが大きいと思われる。

以前のコラム「左翼エリートの選民思想(後編)」で述べたように、米国の家庭崩壊は深刻である。リンドン・ジョンソン大統領(民主党)が1965年に始めた「貧困との戦い」プログラムにより、シングルマザーが政府から手厚い支援が受けられるようになり、男性が家庭に対する責任を安易に放棄する事態を招いた。2016年の婚外子の割合は、日本は2.3%である一方、米国は39.8%に上っている(欧州の国々も、40%~50%台のところが多い)。これが、子どもの教育に与える悪影響は大きい。父のいない子供は貧困に陥り犯罪に走る確率が5倍、学校で落第する確率が9倍、刑務所に入る確率が20倍高いという米国のデータもある。

家庭教育が行き届かないと、子どもは学校やメディアの影響をより強く受けるようになる。これも以前のコラム「左翼のプロパガンダ戦略とは?」で述べたが、米国では冷戦終結後、社会の油断の隙を突いて、左翼が学校、メディアに深く浸透していった。彼らに叩き込まれた左翼思想が家庭で矯正されないまま大人になったのが、現在バーニー・サンダースのような社会主義者を支持しているミレニアル世代の若者というわけである。

マルクス、エンゲルスの「共産党宣言」が家族の廃止を謳っていることから分かるように、共産主義者は彼らの理想を達成する上で家庭教育が邪魔になることを理解している。だから、米国の左翼は家族を崩壊させる社会政策をとり、その目的を達成した。過去には、より過激な形で共産主義者が家族を破壊した例もある。ポル・ポトが子どもを親から引き離したことは有名である。

日本も学校やメディアの左傾化では米国に負けていないが、若者の左翼政党支持率が低い背景には、家族の解体が進んでいないことがある。マスコミや学校がいくら全力で左翼思想を叩きこんでも、家庭教育がそれを解毒してしまう。これは私自身も子供の頃に経験している。同様に、新型コロナウイルス問題でマスコミが国民を社会が混乱する方向に誘導しようとしても、家庭教育が邪魔をして国民がついてこない。当然、左翼にとっては面白くない。だから、日本の左翼にとって喫緊の課題は、強固な日本の家族をいかに弱体化するかである。でなければ、彼らの理想は達成されない。彼らの目下の目標は、同性婚と夫婦別姓の導入である。

同性婚と夫婦別姓問題で難しいのは、それに賛成しているのは必ずしも左翼に限らないことである。リベラリズムやリバタリアニズムの立場で、これらの政策を支持している人も少なくない。その一方で、家族解体論者が、その手掛かりとしてこれらの問題を利用しようとしているのも事実である。女系天皇支持者の中に、天皇廃止論者が混じっているのと似た構造である。私は、左翼の家族解体論者の影響力を削ぎつつこれらの問題を解決する方法として、従来の婚姻制度に同性婚と夫婦別姓を認めるのではなく、フランスで行われている連帯市民協約(民事連帯契約)としてこれらを導入するのが良いと考えている。これは18年前に書いた拙著で先駆けて述べている古くからの持論である。

私は多様な生き方は否定しない。しかし、現実に全ての人が自分の好き勝手に生きれば社会は回らない。われわれが今のように便利で安全な暮らしができるのは、その影で多くの人が必要な仕事を地道にこなしているからである。左翼はしばしばそれを無視する。労働者の味方を気取りながら、現場の労働者に冷たいのが彼らの特徴である。だから、現場で働く医師・看護師や検査を行っている技師の負担など全く考えずに、もっと検査を増やせと言う。家族にも、こうした地道な仕事と同様の社会的役割がある。だから、例外への配慮はしつつ、基本の形は残す必要がある。

日本において、家族のロールモデルを維持する役割を果たしているものに、漫画やアニメの存在がある。これも留学生の指摘で気づいたことである。彼らは、日本のアニメには家族愛で溢れていると言うのである。ドラえもん、クレヨンしんちゃん、ちびまる子ちゃん、サザエさんなどがそれに該当する。特に最初の3つは世界中で見られているアニメである。

われわれ日本人はこれらのアニメを見て、家族愛を感じることはあまりないだろう。のび太くんやしんちゃん、まる子ちゃんは、いつもお母さんに叱られてばかりである。それは、日本ならばどこの家庭にもある日常的な光景である。しかし、世界はそれを失いつつあるのだ。親が愛情をもって子を叱るという家庭教育を。

ストックホルム大学留学後、外交官として在スウェーデン大使館に勤務した経験をもつ武田龍夫氏は著書「福祉国家の闘い―スウェーデンからの教訓」で、同国における次のようなエピソード(ルンド大学のポールソン教授の小論文からの引用)を紹介している。

一世紀を生きてきた老人に大学生が尋ねた。「お爺さんの一生で何がもっとも重要な変化でした?」と。彼は二度の世界大戦か原子力発電か、あるいはテレビ、携帯電話、パソコンなどの情報革命か、それとも宇宙衛星かなどの答えを予測した。前世紀から現在までという、まさに人類史でもっとも出来事の多い時代を生きた老人だったからだ。しかし老人の回答は彼の予想もしないものだった。「それはね──家族の崩壊だよ」。

人間にとって、当たり前に存在するものの価値に気づくのは簡単ではない。でも、われわれにとっては幸運なことに、それを失った人々が世界には大勢おり、彼らがその価値をわれわれに教えてくれている。私はそこに、左翼とは正反対の意味で国際交流の意義を見出すのである。


執筆者:掛谷英紀

筑波大学システム情報系准教授。1993年東京大学理学部生物化学科卒業。1998年東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了。博士(工学)。通信総合研究所(現・情報通信研究機構)研究員を経て、現職。専門はメディア工学。特定非営利活動法人言論責任保証協会代表理事。著書に『学問とは何か』(大学教育出版)、『学者のウソ』(ソフトバンク新書)、『「先見力」の授業』(かんき出版)など。

※この記事は執筆者の見解を示すもので、必ずしも本サイトの立場を反映したわけではありません。ご了承ください。

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