アングル:「やつれた」金正恩氏、食糧難に耐える指導者演出か

2021/06/29
更新: 2021/06/29

[ソウル 28日 ロイター] – 北朝鮮の金正恩総書記の体重減少を心配する住民の声を伝えた国営メディアの異例な姿勢の背景には、正恩氏の健康状態に関する憶測を防ぐとともに、食糧難にあって国民と犠牲を分かち合う最高指導者の姿を演出する北朝鮮指導部の意図があるのではないか――。専門家はこうした見方をしている。

北朝鮮の朝鮮中央テレビは25日、正恩氏の「おやつれになった」様子を見て誰もが心を痛めたとする首都・平壌の住民のインタビューを放送した。インタビューを受けた住民の素性は不明。国営メディアは当局の厳しい統制下にある。

ほぼ1カ月間、公的な場に姿を見せていなかった正恩氏は6月初旬に国営メディアに再び現れたが、その際に同氏の腕時計が、明らかに細くなった手首に、以前よりもしっかりと留められているようだと専門家は指摘。北朝鮮で圧倒的な権限を持つ正恩氏の健康状態を巡る憶測が広まった。

オランダのライデン大学の北朝鮮専門家、クリストファー・グリーン氏は正恩氏の外見上の変化について「海外の観測筋の目に留まったのだから、北朝鮮国民がもっと早く気付いたのは確実だ」と話す。

米国の北朝鮮研究サイト「38ノース」のディレクター、ジェニー・タウン氏によると、正恩氏の体重減少が健康悪化によるものか、自身がそろそろ体を引き締めようと思ったためなのかはっきりせず、国営メディアの報道の意図も分からない。正恩氏の映像は「服が体にまったく合っておらず、体重の減少を強調しているように見え、やや奇妙だ」と言う。

北朝鮮の食糧事情がひっ迫していることは正恩氏も認めており、今年の農産物が不作なら状況は一段と悪化しかねない。新型コロナウイルス感染防止のために導入している国境封鎖と移動制限により貿易が細る中で、経済問題はさらに深刻化する恐れがある。

ソウルに拠点を置くコリア・リスク・グループのチャド・オキャロル最高経営責任者(CEO)は「私の考えでは、正恩氏の体重減少をこのような形で報じた理由として最も可能性が高いのは、新型コロナに絡む国境政策に関連があるのではないか。正恩氏の急激な体重減の原因が何であれ、最高指導者であっても今北朝鮮を襲っている食糧難を同じように耐えているということを示しており、プロパガンダとして有効に思える」と述べた。

ライデン大のグリーン氏は、北朝鮮の指導部は最初から、苦難が広がっている状況下で正恩氏が国民のために頑張っていると強調するつもりだったのかもしれないし、あるいは正恩氏が姿を現さなければならず、意図せざる結果としてそうしたメッセージを発することになったのかもしれないと解釈している。

グリーン氏は「重要なのは、北朝鮮指導部が非常に多くの情報提供者から、正恩氏の健康状態が一般の人々の間で話題になっているという報告を受けるということだ。そこから、すでに広まっている世論をてこにプロパガンダ戦略を立案し、体制側に有利な対応を取るのは簡単だ」と述べた。

その上で、国営メディアが素性不明な平壌市民への「偽の街頭インタビュー」を入念に作り上げ、本物に見せかけるのは、北朝鮮メディアの常とう手段だと付け加えた。

北朝鮮の国営メディアが指導者の健康状態に触れるのは過去に皆無とは言えないものの、非常にめずらしい。国営メディアは2014年に、祖父や父から最高指導者の座を引き継いだ正恩氏が長期間にわたり人前に出られない状態が続き、健康上の問題を抱えていると報じた。

後継プランが不透明な中、正恩氏の体調が急激に悪化すれば、核兵器を保有する北朝鮮の76年間におよぶ世襲体制が混乱に陥る恐れもある。

38ノースのタウン氏は「体重はかなり減っている。正恩氏の健康は北朝鮮の政治機能と運命にとって重要であり、だからこそ注目の的だ」と話した。

(Josh Smith記者)

Reuters
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