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田中英道氏逝去 美術史・歴史学に遺した偉大な足跡

2025/05/09
更新: 2025/05/10

美術史家・歴史学者で東北大学名誉教授の田中英道氏が2025年4月30日、急性硬膜下血腫のため83歳で逝去した。田中氏は西洋美術史の第一人者として知られる一方、日本の近現代史や古代史の研究でも多大な業績を残した。告別式は近親者のみで執り行われ、喪主は妻の三重子さんが務められた。

田中氏は1942年、東京都に生まれ、東京大学文学部フランス文学科および美術史学科を卒業。フランス・ストラスブール大学で博士号を取得後、イタリアやドイツなど欧州各地でも研究を重ねた。1973年から東北大学文学部に勤務し、同大学名誉教授となった。

西洋美術史と日本文化へのまなざし

専門はフランス・イタリア美術史であり、欧州美術の第一人者として知られる一方、日本美術の世界的価値や日本独自の文化・歴史の重要性にも強い関心を持ち、積極的に発信してきた。

著作と日本美術史への提言

田中氏の著書には『イタリア美術史』『国民の芸術』『天平のミケランジェロ』『日本美術全史 世界から見た名作の系譜』などがあり、美術史の専門家だけでなく一般読者にも広く影響を与えた。日本美術を「世界美術史」の中で正当に位置づけるべきと主張し、普遍的価値や写実性、真実性などの観点から新たな日本美術史を提示している。

近現代史・歴史認識への問題提起

田中氏は近年、戦後日本の歴史認識や占領政策の問題点を鋭く指摘する著作も発表している。『戦後日本を狂わせたOSS「日本計画」―二段階革命理論と憲法』では、GHQの占領政策や日本国憲法の制定過程におけるOSS(アメリカ戦略情報局)の影響、そして戦後日本に根付いた社会主義的思想や東京裁判史観の問題を論じた。

また『戦後日本を狂わせた反日的歴史認識を撃つ』では、GHQによる反日的歴史観の植え付けと、それに基づく左翼的歴史観への批判を展開。日本文明の独自性と正しい歴史認識の回復を訴えている。

古代史研究の特徴

田中氏は古代史の分野でも大胆な仮説を提示し、従来の唯物史観や神話軽視の歴史観を批判した。『新日本古代史』では、『古事記』『日本書紀』の記述を神話として排除せず、土器や古墳などの物的証拠と結びつけて、歴史の実像に迫る姿勢を示した。また、ユダヤ系秦氏と日本の伝統文化の関わりなど、国際的視点から日本古代史を再評価する論考も発表している。

形象学(フォルモロジー)の提唱

田中氏の学問的最大の特徴は「形象学(フォルモロジー)」の提唱である。これは芸術作品や歴史的遺物の「形」そのものに着目し、そこから意味や思想、文化的背景を読み解く独自の方法論である。西洋美術研究で培ったこの手法を縄文土器や土偶、神社建築など日本文化の分析にも適用し、形象そのものが文化や宗教、歴史の本質を表すと主張した。「形象学」は、プラトンやカッシーラーらの哲学的伝統を踏まえつつ、文字や文献に頼りすぎない直観的・実証的なアプローチとして、国内外の美術・歴史研究に新たな視座をもたらした。

田中英道氏の最近の著書として、岡島実氏との共著『閉ざされた〈戦後空間〉を開く――形象の国・日本を解き放つ』(ミネルヴァ書房、2024年)がある。本書は、戦後日本社会に根付いた「戦後レジーム」と呼ばれる体制が、いかにして日本の文化や思想、社会構造を閉ざしてきたのかを問い直し、その問題点を明らかにする内容である。

田中氏と岡島氏は、フランクフルト学派やグローバリズムなどの思想史的潮流の影響を分析しつつ、日本の文化や芸術が世界史の中でどのような位置にあるのかを検証している。さらに、田中歴史学の全体像を総合的に紹介し、これまで見えなかった「もうひとつの戦後日本」の姿を開放することを目指している。

本書では、田中氏が提唱する「形象学(フォルモロジー)」の視点も活かされており、日本文化の本質や歴史の深層に迫る独自の分析が展開されている。序章や各章では、戦後体制の虚構性や日本文化の世界史的位置、現代日本が抱える思想的課題など、多角的なテーマが論じられている。

この共著は、田中氏の晩年における重要な業績の一つであり、岡島実氏との対話を通じて、戦後日本の再評価と日本文化の再生を強く訴える内容となっている。

学界・社会への貢献と遺産

田中氏は日本国史学会や新しい歴史教科書をつくる会の代表も務め、戦後歴史学の偏向を正すべく、学術・啓蒙活動に尽力した。著書・論文は100冊近くにおよび、日本美術史・西洋美術史・日本古代史・近現代史の各分野で学界・社会に大きな足跡を残した。

田中英道氏の逝去は、日本の学術界にとって大きな損失である。氏の業績は今後も多くの研究者に影響を与え続けるだろう。

 

▶EPOCH TIMES JAPAN編集長 ▶番組「日本の思想リーダーズ」ホスト ▶1969年東京生まれ ▶青山学院大学法学部卒 ▶総合商社日商岩井(現双日)にて情報産業等に約10年間従事。独立後紆余曲折を経て3年半ベトナムに渡る。帰国後1年間の無職期間中に日本各地を巡る。その後2015年からメディア業界へ。