香港当局は、高層住宅団地「宏福苑」で発生した大規模火災により159人が死亡し、約30人の安否が確認できていないと発表した。しかし、遺族や住民からは「実際の犠牲者はこれを大きく上回る可能性がある」との疑問が相次いでいる。
ある遺族の女性は、両親の行方が依然として分からないと語る。警察は、現場で見つかった遺体の一部が父親のものとみられると説明したが、確認されたのは拳ほどの大きさの断片に過ぎず、身元を特定できていないという。一方、母親の遺体は依然として見つかっていない。
香港労工福利局の孫玉菡局長は6日、宏福苑には1984戸が入居しているが、これまでに1971戸と連絡が取れ、残る13戸とは連絡ができていないと説明した。
しかし遺族の間では、当局が公表した死亡者数や安否不明者数は「実態より明らかに少ない」との疑念が広がっている。理由として、警察が「身元の確認が取れた遺体」のみを集計している点に加え、家族全員が亡くなり届け出る親族がいない世帯もあること、住民構成を管理する警備員が世帯の詳細を把握していないことなどが挙げられている。
「安否不明世帯は当局発表の30数件では収まらない」
遺族のEさんは、歯科記録や手術の資料、義歯の情報などを当局に提出したが、依然として回答を得られていないと話す。
Eさんは、実際の安否不明世帯は当局発表より多いとみている。失踪届を出す親族がいない世帯もあるうえ、警備員も住民の詳しい構成までは把握しきれていないため、実際にどれだけの人が暮らしていたのかを正確に把握することが難しい状況だ。
Eさんは、家族全員が亡くなり届け出る親族がいない場合、当局はその世帯を「1人」または「不在」として扱う可能性があり、実際の人数が過小評価されてしまうと指摘した。
さらに、当局発表の159人という死者数は住民の実感と一致しないという。住民グループの推計では、330人以上が死亡または安否不明となっている。
特に被害の大きい宏昌閣では、まだ100人を超える安否不明者がいるとの情報もあり、Eさんは実際の死者数は公式発表を大きく上回るはずだと述べた。
一部現場を目撃した住民は、火災の状況や建物の損壊の程度から、当時の温度は一般的な焼却炉より高かったと推測している。複数の住戸で構造壁が破裂していることから、家族全員が高温で焼失して身元の確認ができないケースもあり得ると考えられている。このような身元不明の遺体は死亡者名簿に含まれておらず、一部は現在も遺族の引き取りがない。
宏昌閣の低層階に住んでいた両親が安否不明のままである陳さんによると、宏昌閣や宏泰閣に住んでいた家族を探し続けている人がいるという。
「遺体の確認にまだ誰も行けていないご家庭もあるし、実際の死亡者数がどれほどなのか私にも分からない。公表されている数字より多いはずだ」
高温で遺体が癒着 避難経路も封鎖
Eさんによると、火災発生当日の午後3時5分以降、家の防犯カメラがすべてオフラインとなり、家族が脱出できたかどうか確認できない。また、低層階周辺では損傷が激しい遺体が多く、所持品などから身元を推定するしかないケースがあるという。
火災現場の一部では高温により複数の遺体が癒着してしまい、鑑識作業は極めて困難だ。 避難通路が塞がれ、濃煙が室内に充満したことで、多くの住民が逃げ場を失った状況も指摘された。
Eさんは、高層階でも低層階でも被害が極めて大きく、多くの住民が避難を試みる途中、廊下や階段で命を落とした可能性があると述べた。
統計的に不自然な死亡者数
香港市民のAさんは、人口統計、公的資料、建物構造、火災の状況、国際的な類似事故の死亡率などをもとに独自の推計を行い、公式発表より大幅に多い可能性があると指摘している。
香港政府が公表した2021年の人口統計と住宅当局の最新データでは、宏福苑の8棟に登録されている住民は計4643人で、1棟あたりの平均は約580人になる。このうち、火災と濃煙の深刻な影響を受けたのは7棟で、該当棟の登録人口は約4060人とされる。
火災は平日の午後2時51分に発生した。Aさんは、住民構成を踏まえてこの時間帯の在宅率を推計している。住民の約4割を占める高齢者は在宅率が9割を超えるとみられ、子どもは全体の1割で、昼過ぎには多くが帰宅しており在宅率は6割前後と見込まれる。一方、就労層は3割ほどだが、平日昼間の在宅率は2割程度にとどまるという。これらを加重平均すると在宅率は約58%となり、一般の住宅地より高い水準となる。この割合を4060人に当てはめると、火災発生時に建物内にいた住民は約2366人と推算される。
Aさんはさらに、工事関係者、配達員、訪問介護スタッフ、福祉関係者、来訪者など、住民以外に現場にいた可能性がある人々も加味し、約250人と見込んでいる。火災の影響を受けた可能性のある人数をおよそ2616人と推定している。
またAさんは、複数の悪条件が同時に重なった点も指摘する。今回の火災は広い範囲に燃え広がるほど規模が大きく、31階建ての住宅が7棟にわたって被害を受けた。建物の窓は燃えやすい発泡材で封鎖されており、外側が可燃の足場ネットで覆われていたため、火が外壁を伝って一気に広がりやすい状態だったという。
さらに、建物内の火災報知器がほとんど作動せず、住民の多くが火事に気づくのが遅れた。煙は上の階へ急速に上がり、短時間で廊下や階段に充満した。Aさんは「高層階の住民が避難できたのは、実際には5分もなかったのではないか」とし、極めて危険な状況だったと話している。こうした状況下では死亡率が低くなることは考えにくい。
大規模な高層住宅火災では、死亡率が25~30%に達するケースが一般的とされる。ロンドンのグレンフェル・タワー火災では24階建ての1棟で72人が死亡し、死亡率は約24%だった。台北のビル火災では31%、チリ・バルパライソでの大規模火災でも33%に達した例がある。こうした事例と比較すると、宏福苑の火災規模や延焼スピードを踏まえて死亡率が約6%にとどまるのは「統計上も現実的にも不自然だ」としている。
火災後、SNS上には行方不明者の情報や家族からの捜索依頼が多数投稿されたが、政府は最終的に「行方不明は31件」と発表した。Aさんは「住民側が把握している情報量と大きく食い違っている」として疑問を示している。
Aさんは、人口推計、火災の状況、海外の比較事例、SNS上の行方不明情報などを踏まえると、「159人」という政府発表は実態を説明し切れていない可能性があると述べ、住戸ごとの状況や身元確認の進捗など、より詳細な情報の開示を求めている。
安否不明者家族がDNA採取へ
警察は現在、安否不明者の家族や、写真による初期確認が行われた遺体の家族に連絡を取り、8日から順次DNA採取を実施している。遺体の身元特定を進めるための対応だ。
陳さんによると、当局から室内で非常に小さな、人のものと思われる遺骸が見つかった。DNAを周辺の灰と照合する必要があると説明を受けたという。
「さまざまな可能性を示されたが、今は受け入れるしかない」と語った。
DNA採取自体は30分ほどで終了したものの、結果が出るまで数週間かかる見通しだという。陳さんは深い悲しみを抱えつつ、「検査によって(遺体の)身元が明らかになってほしい」と話した。
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