歌手・浜崎あゆみが、来年1月10日に予定していたマカオ公演の中止を発表した。自身のインスタグラムのストーリーズで直筆署名入りの文書を公開し、「ayumi hamasaki ASIA TOUR 2025 A I am ayu -ep.Ⅱ-」のファイナルとなるはずだったマカオ公演について、所属事務所avexと主催者側の協議の結果、「諸般の事情により中止」との報告を受けたと説明した。
すでに11月末には、中国・上海公演が現地主催企業の判断で「不可抗力の要因」を理由に中止されており、マカオはそれに続く二度目の中止となった。台湾有事発言をめぐる高市早苗首相への中国側の反発をきっかけに、日中関係が急速に冷え込む中での決定であり、政治情勢が日本人アーティストの活動にも直接影響を及ぼしている構図が改めて浮き彫りになった格好だ。
マカオ公演中止の内容とファンへの約束
浜崎は声明の中で、「本日はとても心苦しいお知らせをしなければなりません」と述べ、上海に続く中止により「皆様に多大なる哀しみとご迷惑をおかけした」こと、そして、アジア各地から支えられてきたツアーがファイナルを迎えられないまま終わることについて、「一座・クルー一同大変無念に思っている」と思いをつづった。
一方で、チケット購入者への対応にも言及した。上海・マカオ公演のチケット保有者に対しては、2026年に予定されているアリーナツアーのチケットを優先的に購入できる仕組みを整備中だとし、「皆様の無念な想いを無駄にしないよう、出来る全てで尽力いたします」と約束した。公演中止に伴う損失や落胆を少しでも和らげる意図がうかがえる対応だ。
「100倍の気持ち」メッセージ
今回の発表の中で特に象徴的だったのが、ファンから届いたDMをあえて紹介した点である。インスタグラムには、「China TA(TeamAYU:浜崎あゆみファンの総称)遠征組、CDL(代々木カウントダウンライブ)で倍の応援を届けます」といったメッセージが届いたとされ、浜崎はこれに対して「このDMをもらったので、私達はその100倍の気持ちで」と応じた。
ツアー中止の直接的な要因が政治・外交の文脈にあると見られる状況で、浜崎は対立の構図をあおるのではなく、むしろファンとの連帯に光を当てた。浜崎は別の投稿でも「エンターテインメントは人と人をつなぐ架け橋であるべき」「自分はその橋を作る側でありたい」と述べており、今回のDM紹介もその姿勢の延長線上にある行動だ。
上海公演中止と「無観客フルライブ」という選択
マカオに先立つ上海公演は、11月29日に開催予定だったが、前日になって中止を発表した。理由は「不可抗力の要因」とされ、詳細は明かされていない。
しかし浜崎は、観客を入れた公演が不可能になったにもかかわらず、すでに準備されていた会場で無観客のままセットリストを最後まで歌い切り、その様子をSNSで共有したと報じられている。
通常なら中止と同時に舞台も撤収されるケースが多い中で、無観客でも「約束したステージ」を全うするという選択は、アーティストとしての矜持と、現地に来る予定だったファンへのせめてもの「証」として位置づけられる。
マカオ中止の際にも、浜崎は「わたしのことはどうか心配しないで下さい」とファンを気遣い、「それより、TA間で非難したり謝罪したりしないで欲しい」と呼びかけた。
背景にある日中関係の緊張と「文化制裁」
今回の相次ぐ中止の背景には、日中関係の急速な悪化がある。高市早苗首相が国会答弁で「台湾有事が武力行使を伴う場合、日本の存立危機事態となり得る」と述べたことに中国共産党(中共)政権が強く反発し、その後、中国当局は自国民に日本への渡航自粛を呼びかけ、主要航空会社も日本行き航空券の無料払い戻しに応じるなど、対日警戒を一段と強める対応を取った。
この外交的なあつれきは、政治・経済分野にとどまらず、文化・エンターテインメントの領域にも波及している。日本人アーティストのコンサートや日本コンテンツ関連イベントが、中国本土各地で相次いで中止・延期されており、大槻マキの上海公演が途中で打ち切られた事例などとともに、浜崎の上海公演中止も「文化制裁」の一環として国内外メディアで取り上げられている。
日本・アジアに軸足を移す可能性
では、浜崎あゆみのツアーや日中の文化交流は、今後どう動いていくのか。
短期的には、中国本土およびマカオでの大規模な日本人アーティスト公演は、政治リスクと運営上の不確実性が高く、再開のめどは立ちにくいとみられる。主催側の判断で直前中止となるリスクが顕在化した以上、アーティスト側・事務所側は慎重にならざるを得ない。
一方で、浜崎サイドはすでに2026年のアリーナツアーを「再会の場」と位置づけ、中国・マカオ公演のチケット保有者に優先枠を用意する方針を示している。これにより、ファンとの接点を日本国内や他のアジア地域へと「移し替える」形で維持しようとしていると解釈できる。
アジア全体で見れば、香港、台湾、シンガポールなどは依然として日本ポップカルチャーの需要が高く、浜崎自身の2025年ツアーでも重要な拠点となっている。中国本土・マカオでの公演が長期的に難しい状況になった場合でも、これら地域や日本国内公演を軸にツアーを組み直す余地は大きい。
「橋でありたい」というメッセージの重み
今回の一連の出来事で浮かび上がったのは、エンターテインメントが政治や外交とは別の次元で人をつなぐ力を持ち得るという事実である。浜崎は、誰かを名指しで責めることを避けつつ、ステージに立ち続ける行為そのものと、「100倍の気持ちで返す」という言葉を通じて、ファンとの信頼関係を守ろうとしている。
上海とマカオでの公演中止は、アーティストにとってもファンにとっても痛みを伴う出来事であった。しかし、そこで途切れるのではなく、「必ずまた会える時間を作る」と明言し、次のアリーナツアーやカウントダウンライブに向けて前を向く姿勢は、日中関係の先行きが見えにくい今だからこそ、一つの「希望の物語」として受け止められる。
政治の風向きはアーティスト自身の力では変えられない。しかし、そのなかでも「橋になりたい」と宣言し、国境を越えたファンの思いに応えようとする浜崎あゆみのメッセージは、今回の上海、マカオ公演中止というニュースを、単なる悲報にとどまらない象徴的な出来事へと変えつつあると言えるだろう。
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