中国の農村で、高齢者が静かに命を絶っている。
それも、誰にも知られないまま、日常の延長のように起きている。
清華大学の調査によると、中国の70代前半の農村高齢者の自殺率は、世界平均の4〜5倍に達しており、世界で最も自殺率が高い水準にあるとされている。
一時的な増加ではない。ここ数年、上がり続けている。
武漢大学の社会学教授・劉燕舞氏は、6年にわたり中国各地の農村を調査した。
40を超える村を訪ね、高齢者の生存実態を記録している。
そこで目にしたのは、「生きたいのに、生き続ける理由を失った人々」だった。
多くの老人が口にしたのは、「子どもに迷惑をかけたくない」という言葉だった。
病気になれば医療費がかかる。
動けなくなれば世話になる。
それなら、自分で終わらせたほうがいい。
そう考えてしまうほど、追い詰められていた。
ある69歳の男性は、自分の家で炭を焚いた。
紙銭を燃やしながら、農薬を飲んだ。
「死んだあと、紙銭も買ってもらえないかもしれない」
そう思い、自分で用意したという。
「せめて、みっともなくは終わりたくない」
そうつぶやいたまま、倒れた。
体が思うように動かない老人もいる。
薬の瓶を開けられない。
高い所に登れない。
そのため、低い窓に縄をかけ、体を丸めるようにして命を絶った人もいた。
中には、子どもが自分を埋めてくれないのではと不安になり、
自分で穴を掘り、その中で薬を飲んだ老人もいた。
これらは特別な話ではない。
農村では、こうした死が「仕方のないこと」として受け止められている地域もある。
大きな議論になることは少ない。
劉教授は、これは心の問題ではないと言う。
年金はほとんどない。
医療費は高い。
助けを求める制度もない。
家族だけに負担が集中する仕組みが、長く放置されてきた結果だと指摘する。
生きていることが、家族への「迷惑」になってしまう社会。
それが、人を静かに死へ追いやっている。
そして、この苦しさは農村だけのものではない。
上海のような大都市でも、人々は「ある一線」を越えた瞬間に生活が崩れると語っている。
仕事を失う。
投資が失敗する。
教育費が払えなくなる。
家を売っても老後が支えられない。
その瞬間から、元の生活には戻れない。
農村の老人が感じている絶望と、都市の中流層が抱える不安は、形が違うだけで根は同じだ。
「何かあったら終わり」という社会で、人々は必死に耐えている。
声を上げる力もなく、
助けを求める先も見えず、
それでも日常は続いていく。
中国では今、
生きることそのものが、静かに削られている。
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