これは決して例外的な転落ではない。中国で急速に広がる「35歳の壁」を描いた、わずか10分間のドキュメンタリー作品である。
作品の題名は「もう若くはない私たち(不够年轻的我们)」
カメラに映るのは、特別な敗者ではない。かつて都市部で「勝ち組」と呼ばれた、35歳を超えた夫婦たちである。
杭州の夫婦は、教育業界への規制強化とIT不況の直撃を受け、次々と職を失った。
最盛期には世帯年収が100万元(約2千万円)を超え、市内の優良住宅地にマンションを購入。内装だけで100万元以上をかけたという。
しかし2023年、夫が解雇され、ほどなく妻も長時間労働による体調悪化を理由に退職した。再就職は思うように進まない。
生活の糧を得るため、夜になると団地の前で焼き麺や串焼きを売る。
売上は良い日でも100元(約2千円)ほど。寒い日にはほとんど売れず、通報され追い払われることもある。
住宅ローンの支払いは途切れない。マンションは2年経っても売れず、価格は購入時から約3割下落した。外食は消え、旅行もなくなった。家計は「今月いくら残るか」を数える日々に変わった。
北京の夫婦もまた、大手IT企業で十数年働き、首都で住宅を購入し、小学生の娘を育ててきた。順調に見えた生活は2023年、急変した。夫婦ともに退職に追い込まれたのである。
妻は出産後の体調不良を抱えたまま職場に復帰し、心身の疲労を重ねていった。
ある日、マウスを握る手が震えたこともあったという。夫も過労が続き、医師から心臓に異常の兆候があると告げられた。
退職から2年、履歴書を送り続けても返信はほとんどない。
アルバイト収入は月4千元(約8万円)から2千元(約4万円)に減少。重い住宅ローンと教育費が家計を圧迫する。
2025年、家族は北京の住居を売却し、天津へと移り住んだ。娘の将来と生活費を思えば、それしか選べなかった。
このドキュメンタリーを観た視聴者の中には、
「怖くて二度と見られない」と書き込む者もいた。
あまりに現実的で、自らの人生の選択まで疑ってしまうからである。将来への不安が、映像を通して現実味を帯びてくる。
なぜ35歳なのか
中国の都市部では、企業が若年層を優先し、中高年層を敬遠する傾向が強まっている。経験よりも若さが評価され、再就職の門は急速に狭まる。これが俗にいう「35歳の壁」である。
彼らは底辺ではない。かつては都市中間層、いわゆる「勝ち組」であった。
だが中年期を迎えると、上には親、下には子供。住宅ローン、教育費、医療費が重くのしかかる。失業はもはや「一時的なつまずき」では済まない。
作品の中で、ある妻は静かに語る。「私たちは小さな存在。どうにもできないことがある」
その一言が、多くの視聴者の胸に深く刺さった。なぜならそれは、誰か特別な人の話ではないからである。
「もう若くはない私たち」
この一言に、いま中国の中年世代が抱える、声にならない叫びが凝縮されている。
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