選挙から日常の出来事まで賭けの対象に 「予測市場」急拡大の危うさ オックスフォード大哲学者が警鐘

2026/09/02
更新: 2026/09/02

選挙の行方から日常生活の些細な出来事まで、あらゆる事象を対象に賭けを行う「予測市場」が急速に拡大している。こうした中、英オックスフォード大学の哲学者が、社会に広がる将来予測を無批判に受け入れることの危うさを指摘している。

予測は単に未来を言い当てるだけでなく、人々の意思決定や行動を方向づけ、結果として予測された未来を現実のものにしてしまう可能性があるためだ。

オックスフォード大学人工知能(AI)倫理研究所の哲学准教授、カリッサ・ベリス氏は先月11日、エポックタイムズの対談番組で、将来予測が人間の行動に及ぼす影響について語った。新著『Prophecy:Prediction, Power, and the Fight for the Future(予言:予測、権力、未来を巡る闘い)』を巡るインタビューでの発言だ。

ベリス氏は、他者の予測を事実として受け入れ、その通りに行動することは、予測に「従う」ことにほかならないと指摘する。

「私の予測を額面通りに受け取り、それが真実であるかのように行動するなら、あなたは従っていることになる。社会に関する予測となれば、事態はさらに複雑になる」と述べた。

例えば、「明日、AIがあなたに取って代わる」と予測され、それを信じて仕事を辞めれば、その予測に従ったことになる。しかも、予測を発した人物がAI製品を販売する企業の経営者であれば、「結果として、その人物に便宜を図ることになる」と説明した。

2025年9月、米サンフランシスコに掲示されたAI企業の広告看板(GettyImages)

「必然」とされた未来予測も実現せず

ベリス氏は、社会で広く信じられてきた将来予測の多くが、実際には実現していないことにも注意を促している。

かつては、人口爆発によって世界的な食料不足が生じ、社会が破局に至るとの見方が、ほとんど避けられない未来として語られた。しかし、そうした予測は現実とはならなかった。

ところが数十年後には一転して、今度は人口が減少し続け、やがて「無」に近づくとの予測が現れた。これも実現しなかったという。

現代社会で、こうした将来予測の広がりを象徴するのが、予測市場の隆盛だ。

予測市場では、スポーツや選挙、テレビ番組の結果だけでなく、X(旧ツイッター)を運営する米企業のイーロン・マスク氏が1週間に何回投稿するかといった、日常的な出来事まで賭けの対象となっている。

主要な予測市場であるポリマーケットとカルシの2025年1月以降の累計取引想定額は、それぞれ215億ドル(約3兆1000億円)、171億ドルに達している。

2026年2月25日、米シカゴで撮影された、オンライン予測市場サイト「ポリマーケット」のアプリを紹介する写真(GettyImages)
ニューヨーク市で、賭けサイト「カルシ」を確認する支持者(GettyImages)

米ピュー・リサーチ・センターによると、デジタル資産関連情報会社「ザ・ブロック」のデータを分析した結果、ポリマーケットとカルシを合わせた月間の世界の取引規模は、2025年9月の約50億ドルから2026年4月には約240億ドルへと急拡大した。

予測市場の拡大を巡っては、内部情報を利用した取引の疑いに加え、米国でギャンブル依存が広がる中、天候を含む人間社会のほぼあらゆる出来事が賭けの対象となっていることへの懸念も強まっている。

米調査会社イプソスなどが3月に行った世論調査では、米国人の61%が、予測市場への賭けは「正当な投資」よりも「ギャンブル」に近いと回答した。さらに、6月の米政治専門紙ポリティコの調査では、44%が選挙結果への賭けを違法とすべきだと回答し、57%は戦争の結果を対象とする賭けを禁止すべきだと答えた。

一方、米国では、選挙や世論調査、政府の政策を報じる際に、カルシやポリマーケットなどの予測市場を情報源として利用するメディアも増えている。重要な選挙区の情勢を知ろうとする有権者が、投票前にこうした予測に接する機会も増えている。

だが、ベリス氏は、ギャンブルと営利目的の事業モデルを基盤とする予測市場が、社会一般が期待するほどの精度を備えているとは限らないと指摘する。

「企業は利益を追求する。利益と真実、正確さ、科学が、常に一致するとは限らない。ここは、正確さを最大化することを目的とした科学的な環境ではない」と警鐘を鳴らした。

2023年11月1日、米ワシントンで撮影。スマートフォンにオンライン予測市場「プレディクトイット」と共和党大統領候補者討論会の映像が表示されている(GettyImages)

AIが仕事を奪うという予測 人々の行動を先回り

ベリス氏がより重大な問題として挙げるのが、AIなどを巡る大規模な将来予測だ。

AI企業の経営者らが、近い将来、AIによって多くの業種で人間の仕事が置き換えられると強調することについて、同氏は「誤解を招くだけでなく、マーケティングや希望的観測、あるいは権力行使を偽装したものでもある」と批判した。

「予測された未来を、そのまま現実になる未来だと仮定し、それに従って行動するなら、私たちが実際にしているのは、あらかじめ従うことだ。予測にはしばしば、隠れた命令が含まれているからだ」と述べた。

例えば、AIを開発・販売する企業の予測を信じ、「いずれAIに仕事を奪われる」と考えて退職するような事態が考えられる。

では、より大量で、より質の高いデータを収集すれば、将来を正確に予測できるのか。

ベリス氏は、こうした考えにも慎重な見方を示す。

「より多くのデータを集めれば、より良い結果が得られるという約束のもとで、私たちは膨大なデータを収集している。しかし、必ずしもそうとは限らない」と述べた。

データから何かを探し出す作業は「干し草の山から針を探すようなもの」であり、「干し草の山を大きくしたところで、助けにはならない」という。

重要なのはデータの量ではなく、そのデータが問いに対して意味を持つかどうかだ。

人間の行動を例に取れば、金融機関から融資を受けた人物が、その後どうなったかというデータは収集できる。しかし、融資を受けなかった人物が、もし融資を受けていたならどうなっていたかという「反実仮想」のデータを得ることはできない。

「誰かに融資をしなかったなら、その人に融資していた場合、どれほど順調にいったのかを知ることは決してできない」とベリス氏は指摘した。

2024年12月5日、米サンフランシスコで掲示されたAI企業「アーティザン」の広告(GettyImages)

将来予測が生む人の「思い込み」

将来予測を正確なものだと信じることは、必ずしも積極的な行動につながるとは限らない。むしろ、最初から諦め、「何もしない」という選択を生むこともある。

ベリス氏は「逆説的だが、何かを成し遂げられると信じるほど、成功する可能性は高まる。できないと思って家に閉じこもれば、成功する可能性はゼロになる」と述べた。

「人生には、たとえ負けると確信していても、戦う価値のある重要な戦いがある。たとえ敗北すると確信していても、歴史の正しい側に立つために戦う方がよい場合がある」とも語った。

これは子育てにも当てはまるという。失敗すると確信している子供に対しても、前進するよう促すことが、成功や人格的成長につながる場合があるからだ。

「人生における非常に重要な戦いについて、勝つか負けるかを計算するのは、ある意味で適切ではない。勝敗は問題ではない。それほど重要なことだからだ」と述べた。

アップルの「iPhone 11 Pro」を手にする女性。スマートフォンのアプリで、米国では政治やスポーツなどへの賭けが容易になっている(GettyImages)

問われる「予測できること」の見極め

もっとも、ベリス氏は、すべての将来予測を否定しているわけではない。天気予報や医学上の予後予測など、社会にとって不可欠な予測も存在する。

「一律の原則を当てはめることはできない。診断を知る必要があり、その診断には治療のための予後予測が伴う場合もある」と述べた。

英国に暮らすベリス氏自身も、天気予報を確認するため、1日に何度も天気アプリを見るという。

米中西部では、竜巻警報を受けて避難し、生命を守るために気象予測が欠かせない。メキシコ湾岸でも、ハリケーンの季節には1~2週間先の予報を確認し、住宅を守るための備えを整える必要がある。

問題は、予測そのものではなく、何が予測でき、何が予測できないのかを見極めることにある。

「私が求めているのは、予測をより賢明に利用することだ。何を予測でき、何を予測できないのかを明確にすること。そして、予測できないことまで予測できるという幻想を抱けば、私たちは道を誤ることになる」とベリス氏は述べた。

歴史を振り返れば、当時は確実視されていたにもかかわらず、実現しなかった予測は数多い。

ベリス氏によれば、ライト兄弟が飛行機の飛行に成功する数か月前、米紙ニューヨーク・タイムズは、飛行機によって人間が空を飛べるようになるには100万年から1000万年かかるとの見方を示す、痛烈な論評を掲載した。

「完全に間違っていた」とベリス氏は振り返った。

未来は、予測によって一方的に決定されるものではない。予測を受け止める人々の選択や行動によっても、その姿は変わり得る。将来を巡る見解に接する際には、その予測がどの程度確かなものなのかだけでなく、誰が、どのような意図で発しているのかを見極めることが求められている。

エポック・タイムズで国家政治、航空宇宙、航空業界を担当する記者である。以前は「サラソタ・ヘラルド・トリビューン」でスポーツ、地域政治、速報ニュースを担当していた。