なぜ人々は深い苦痛と向き合うことを避けるのか

2026/10/10
更新: 2026/10/10

論説

この1週間で、私は自分自身について、そしておそらくは人間の脳というものについて、あることを学んだ。私が学んだ内容は、哲学的、精神的、心理的、そして肉体的なあらゆる次元において、極めて甚大な衝撃をもたらすものだったとしか言いようがない。それはまるで、戦場で経験する心的外傷後ストレス障害(PTSD:post-traumatic stress disorder)の感覚にしか例えようがない。

代理受傷によるPTSD――誰が予想できただろうか。

私の元に、一般の人々が書いた自らの新型コロナワクチン被害に関する無数の短い手記からなる、膨大な文書が送られてきた。それらは、2020年12月に始まった米疾病対策センター(CDC)の電子報告システム「V-safe」の一環として記録されたものだ。1千万人以上の人々が、接種による健康被害を報告するために登録した。CDCは、被害を受けた人々に電話をかけ直し、問題の解決に向けて対応すると説明していた。

報告は殺到した。大半はチェックボックス形式だったが、何千人もの人々が、自らの体験を語ることができる自由記述欄にも記入した。人々は、肉体的・精神的な衰退が加速していく様子を記録しながら、諦めるか命を落とすまで、繰り返し書き込みを続けた。これこそが、私が読んだ文書の出所である。それらはCDCによって長年金庫にしまわれ、無視されてきた。連邦判事が公開を命じて初めて、同機関はようやく重い腰を上げたのである。

その結果としてまとまったのが、『Cries for Help: Injury and Death Buried in V-Safe Data(助けを求める声:V-Safeデータに埋もれた被害と死)』という書籍だ。全文を無料でダウンロードすることもできるが、現物の書籍を手に入れれば、担当医や友人に手渡すこともできる。この文書が日の目を見たのは、インフォームド・コンセント・アクション・ネットワーク(ICAN)が情報公開法(FOIA)請求を推し進め、連邦判事が介入し、React19という団体が入念な監査を行ったからにほかならない。そして、ブラウンストーン研究所が出版元となった。

出版元として、私は自分が長年避けてきたのではないかと疑われる問題に、向き合わざるを得なくなった。このテーマを軽視してきたことへの贖罪という意味合いも一部にはあったが、主たる目的は、自らの声を届けたいと願いながらも決して聞き届けられなかったこれら苦しむ魂たちに、声を与えることだった。私はライブ朗読を行うことに決めた。X(旧Twitter)上で毎日2時間ライブ配信を行い、全1048ページを完読する計画を立てた。自分のペースから計算すると、少なくとも50時間はかかると分かっていた。そして、2026年11月2日の万霊節(死者の日)までには終えられると踏んでいた。

周囲からは、そんな試みはやめておけ、魂が打ち砕かれるだけだと警告された。しかし私の考えは、これは単なる言葉にすぎず、自分には読む力があり、立ち向かうべき現実であり、必要なのは時間にすぎないというものだった。集中力と規律をもって本を読めばよいのだ。何の問題があるというのか。自分には十分な強さがあるはずだ。男らしく真実に立ち向かえる、と。

最初の4日間は過酷極まるものだった。中毒症状のパターンが見えてきたからだ。最初の記述では、例えば耳の圧迫感といった症状が記される。やがてそれがどこへ向かうのかが分かってきた。耳鳴り、偏頭痛、記憶喪失、うつ病へと進み、それが背中、皮膚、四肢へと広がり、最後には心臓や肺に到達して、完全な肉体の崩壊に至るのである。報告ごとに細部は少しずつ異なるが、そのパターンには顕著な共通性があった。

同時に、自力で服を着られなくなったこと、無気力、休職、車の運転が困難になったこと、そして経済的困窮といった体験が語られる。かかりつけ医のもとへたどり着けても、結果は判で押したように同じだった。医師は何と説明してよいか分からず、薬を処方して専門医を紹介するだけだった。検査が繰り返されては請求書が届き、時には数万ドルに達することもあった。症状が悪化する一方で患者の資金は底をつく。その間ずっと、当事者は電話での折り返し連絡を懇願し続ける。だが、それが来ることは決してない。

これはほんの数例ではなく、何千件も、次から次へと続くのだ。一つひとつが異なりながらも、どれも酷似している。

念頭に置いておくべきは、これらを書き記した人々がワクチンの熱烈な信奉者だったという点だ。彼らは自ら進んでシステムに登録した。喜んで接種会場へと足を運んだ。自分たちを安全に守ってくれるCDCに感謝していた。マスクを着用していた。多くの人が新型コロナへの感染に怯えていた。多くの人がトランプへの強い反感から公衆衛生当局を盲信し、その要請に従うことを自らの陣営への忠誠心のように感じて、進んで受け入れていた。

その結果、この数千にも及ぶ短い手記から浮かび上がるのは、信頼の喪失と、自分たちが騙されていたのだという緩やかな気づきである。これが一度きりではなく、何千回と繰り返される様を目の当たりにするのは、筆舌に尽くしがたく辛い。何度も、何度も、何度もだ。読み進めるうちに、やがて心が蝕まれていく。それは単に、公衆衛生の助言がいかに完全に誤っていたかを示すだけにとどまらない。読む者を戦慄させるのは、家族や地域社会を切り裂くようなかたちで、人々の人生が一つひとつ崩壊していったその様である。

当時、V-safeプログラムは革新的なものに思われた。本物の人々が自らの偽りない体験を報告するための手段だったからだ。オラクル社によってプログラムが構築され、たとえチェックボックスに、後になってワクチンの主要な副作用であることが判明した心筋炎や心膜炎が含まれていなかったとしても、極めて優れた仕組みに見えた。また、このシステムは夥しい数の死者を記録するようには設計されていなかった。

ワクチン接種者が接種によって死亡するという事態が頻繁に起きた。配偶者や息子、娘がメールを確認し、本人が死亡したと返信する。しかし、プログラムにはメールの送信を停止するトリガーが存在せず、実際に誰もそれらを読んでいなかったため、定期的な確認連絡を止める術がなかった。人々は本人が死亡したのだと何度も何度も訴え続けた。叫ぶように訴えた。だが、耳を傾ける者は誰一人としていなかった。

考慮すべきもうひとつの要素がある。連絡を受け取る側の人間は、メールを確認しアンケートに回答できる程度には健康でなければならなかったという点だ。重傷を負ってそれができなかった人々は、単にメールの確認も回答も完全にやめてしまった。そう考えると、私たちが目にしているのは、被害事例の中でも比較的軽度な部類にすぎないとも言える。

私は1千ページ以上におよぶ全編を読み通すつもりだった。だが約2百ページを読んだところで、悲しみと痛みが重くのしかかり始めた。この課題をやり遂げるのは不可能だと悟った。あまりにも精神を打ちのめすものだった。また戻って可能な限り読み進めるかもしれないが、今は休息を取ることが不可欠だ。朗読の10時間を終えた後、私はただ座って泣くことしかできなかった。涙は何時間も込み上げ続けた。その時、他者の受けた傷が、自分自身をも傷つけているのだと気づいた。

このことについて深く考えるにつれ、この文書は歴史上唯一無二のものであるかもしれないという認識に至りつつある。このような形で、人間の苦痛と個人の裏切りについて、これほど広範かつ詳細に綴られた自伝的記録を手にしたことは過去に一度もなかった。文字通り、これまでに編纂された中で最も恐ろしいノンフィクション作品である。

私はソルジェニーツィンの『収容所群島』を読んだことがある。それは傑作だが、一人の人間による記録だ。一方こちらは、収容所ではなく、リビングルームや寝室で一人きりという極限の孤立の中で経験された、私的な拷問と苦痛を綴った何千もの記録なのだ。それは国中で、そしてあなた自身の街でも起きていたことである。

私たちはこのことから背を向けるわけにはいかない。目を背けることは許されない。私はまだ全体の5分の1しか読んでおらず、もっと読めなかったことに対する罪悪感を今も抱えている。そうすべきではないと分かってはいるが、ぜひ皆さんにこれを読み、他の人々にも共有してほしいと切に願う。彼らは私たちの友人であり、隣人であり、同胞であり、家族なのだ。これは彼らの物語である。彼らは声を聞いてもらうために書いたのだ。彼らに声を与えるために、あなたも自分の役割を果たすことができる。

これに対して正義が下される日は来るのだろうか。それがどのような形をとるのか、私には分からない。奪われた命を取り戻すことはできない。彼らの足、皮膚、脳、内臓は、毒物が注入される前の健全な状態に修復・回復させることはできないのだ。私たちはこれを、何百万人もの人々に押しつけられた悲劇として受け入れるほかない。しかし、受け入れることは、目を背けて何も知らずに生きることよりもはるかに勝っている。

時には、人生の流れから正しい教訓を学ぶために、戦慄を覚えるほどの人間の苦痛と向き合うことが求められる。そうでなければよかったと心から思うが、この出来事は現実に私たちの国で、私たちの人々に起きたのだ。彼らには、少なくとも、関心を向けられる資格がある――そして、涙と、そっと差し伸べられる慰めの手を受ける資格があるのだ。

この記事で述べられている見解は著者の意見であり、必ずしも大紀元の見解を反映するものではありません。
ブラウンストーン・インスティテュートの創設者。著書に「右翼の集団主義」(Right-Wing Collectivism: The Other Threat to Liberty)がある。